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涙の日
「……い、った」
「千聖?起きた?もう少しやけん。もうちょい待って、」
俺はどうやら奏にお姫様抱っこされているようだ。下は制服のズボンが着せられていて、上は多分奏の薄手のパーカーを着ている。きっと家から急いで出たんだろうけど、奏は黒のタンクトップしか着てなくて、申し訳なくなる。
「……奏。歩けるから、いい。
今日は家に帰る……から降ろして。」
奏はもう見ただろうけどこれ以上幻滅されたくない。
「……千聖、怒るで?」
……え?なんで?
「あっ!重かった?よな?、ごめん。だから、降ろして」
「…………」
…………え?無言?なんでこんなに怖いの?奏の無言って。
なんと言ったらいいか分からなくて口を噤むと、数分で奏の家に着いた。俺の顔が見えないようにパーカーのフードを被せてくれて、少し奏側に強く抱えられた。やっぱり優しくて、また泣きそうだった。
家に入って奏が寝室の扉を開いた。
「あっ!まって!嫌だ!ベッドは嫌だ!!」
「え?……うわっ千聖暴れんで!わかった!分かったけん!!」
ほんとはソファーも嫌だったけど、ほぼ無理やり奏に座らされた。色んなところが痛い。体も重い。フカフカのソファーはそれを少し和らげてくれた。
キッキンの方から戻ってきた奏がゆっくり隣に座る。キッと体が強ばる。無駄に力が入ってしまって痛い。けど見られたくなくて、パーカーを手繰り寄せながら奏とは逆の方をむく。
「千聖、のんで?」
目の前にはペットボトルの水。そう言えば喉が乾いていた。キャップはもう開けてあってもしかして、俺に今キャップを開ける力さえないこともお見通しなのだろうか。
こくこくと数口飲むと、何も言わなくても奏が受け取ってくれた。
「千聖、まずはお風呂入ろか?今、溜めよるけん。1人で入れる?」
見られたくない。
「うん、大丈夫」
ヨロヨロと立ち上がって、風呂場に向かう。さっき帰るとか立てるとか言っといてこのザマなんて笑えてきそうだ。
風呂場に着いて、限界が来て座り込む。
座り込んだままゆるゆると服を脱ぎ、ちょうど脱ぎ終わった時、お湯が湧いたとアナウンスがなった。……おっそ。今なら亀に勝てるかも怪しい
重い体を引きずり、中に入ると、モワモワと湯気が立ち込めていて、なんか落ち着いてきた。
嫌でも鏡を見てしまう。
これを奏は見たのか。
体中、爪痕や歯型、鬱血が大量にあって手首足首はくっきりと縛られていたところがすり傷になっている。
お尻からは赤い線が足まで伝っていて見ただけで痛い。
性器も赤くなって先端の穴はぱっくりあいていて中も痛い。
奏、幻滅したよな。
シャワーからお湯をだすと色んなところにしみた。
「いっ、…………つっ、」
体を捻ったり歪めたりしながら局部的な痛みを堪える。だんだん痛みが引いたところで、目立つ汚れ、血の跡を流していく。
「……ふぅ、くっ、いっ。…」
痛い。湯船に入っても痛い。
けど、だんだん気持ちよくなってくる。
「………ふぅ。」
壁や天井、シャンプーボトルなどを見つめるとあまりの普通な光景に、何となく泣けてきた。
いったい涙はどれくらい出るのだろうか。
声を出さずに泣き続けるのに、風呂場特有の共鳴で嫌で自分の声がする。
何分浸かってたかなんて分からないが人生で1番の長風呂だった気がする。温泉は除くが。
上がると、直ぐに奏の声がした。
「千聖、上がった?」
待っててくれたんだろう。けど。
「薬塗るけん出ておいで」
そう言えばここ、俺の着替えも、バスタオルすらない。いつの間に?
「…嫌だ……大丈夫だから…」
これ以上見られたくない。もうこれ以上嫌われたくない。声が震える。
「……嘘やん」
「……嘘じゃない。」
「千聖…」
「いや。来ないで。」
「…千聖、お願い」
「……い、やだ………大丈夫だから…」
涙がまた出る。震えも止まらない。
嫌われたくない。
「……千聖……………好きやで…」
ハッとして顔を上げる
「好きやから、心配やし、一緒にいたい…
開けてよか?」
嫌だともダメだとも言えなかった。
ドアがゆっくりと開く。優しく微笑む奏がこっちに来る。
「ありがと」
奏は俺をバスタオルで包みながら頭や唇にキスをした。
……あったかい………
「グズっ………っう…うぇっ…が、がなでぇ……うぇ、っ、っうえぇぇん…」
今日は涙の日なのだろう。
ポンポンと背中を叩いてくれるリズムが心地よくて、体中痛いけど、暖かくて、言葉には出来ない何かがあった。
「……俺も好き。……うっぇぇん、うっ、」
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