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第9話
最近の奴はぶつかって謝りもしないのか…俺も最近の奴だけど…
サングラスだから相手も顔なんて分からないだろうと睨む。
しかしぶつかった奴はふらふらと何処かに歩いていった。
…なんだあれ、大丈夫か?
トイレに向かう男に着いていく。
俺とぶつかったから具合悪くなったとか言うなよ、さすがにそれは無関心でいるほど冷徹ではない。
トイレに入ると呻き声が聞こえて個室を見る。
そこには丸まり吐いている男がいた。
「あんた、大丈夫か?」
「…はぁ……へ?」
吐いてるのに夢中で俺には気付いていないようだった。
背中を撫でると少しは楽になったのかため息が漏れていた。
頷いたのを見て救急車は必要なさそうだなと安心した。
とはいえ俺のせいかもしれないし、水ぐらい渡した方がいいよな…なんか自力で水を調達出来そうにないし、さすがに公衆トイレの洗面所の水は綺麗ではない。
一度男から離れて公衆トイレを出てすぐ近くにある自販機から水を買う。
よく撮影現場に差し入れはするが、見ず知らずの他人に奢るのは初めてだな。
自販機から水が入ったペットボトルを取り出してトイレに戻る。
さっさと渡して帰ろう、そう思っていた。
「ははっ、向こうは遊びでもこっちは本気だったっての!…うっ、くっ…」
「………」
足を止めて覗き込むとそんな声が聞こえた。
フラれたのか、もしかしてそれで吐いたとか?
…なんだそれ、バカか…とため息を吐く。
俺には理解できない、フラれたぐらいで吐くとか…どんだけ心が弱いんだよ。
男の前に立つ、泣いてる……男なんだからそんな事くらいでメソメソ泣く…
「っ!?」
さっきは背中を向いていて気付かなかった。
今は正面を向いて壁に寄りかかっている。
結構綺麗な顔をしていたんだな、気付かなかった。
涙がキラキラ光って触ったら消えそうに思えた。
男に言う感想じゃないなと苦笑いする。
でも、何だかほっとけないと感じた。
ペットボトルを男の頬に当てるとうっとりした顔をした。
……なんだその顔、変な気持ちになる。
「それ飲んでいいよ、少しは楽になる」
早くこの場所から出よう、じゃないと俺の今まで被っていた仮面が壊れそうで…怖かった。
帰ろうと一歩下がると男はペットボトルのキャップに苦戦していた。
…あー…ったく。なんで俺がここまで面倒見なきゃならないんだよ。
男からペットボトルを奪いキャップを開ける。
ペットボトルを渡そうとしたら男は口を開けていた。
赤い舌が妖艶に動く。
……なんだよ、誘ってんのか?
吐いた後とか男とか、もう何も考えられなかった。
ただ、仮面にヒビが入る音がした。
マスクをずらし無我夢中で男とキスをした。
キスなんてドラマとかぐらいしかした事なかったが、こんなに理性がなくなるものなんだな。
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