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第20話

※三条優紀視点 「いてて…」 「優紀くん大丈夫?変わろうか?」 「…いえ、平気です」 子供向けイベントの会場作りのバイト中、椅子を持つと腰に負担が来て痛くなる。 河原の奴、好き勝手やりやがって…俺がその気にさせたとはいえ加減を知らないのか。 バイト仲間のおじさんに心配され笑顔で断る。 このくらいやらなきゃな…妹のチケット代もあるし… 椅子を組み立てて、看板の設置を手伝い掃除してバイトは終わった。 休みの日のバイトじゃないからあまり給料はもらえないが、まぁいいか。 空が暗闇に覆われ、星が散りばめられていた。 そういえば河原も出かけてるんだっけ、もう帰ってるのか? 教室では隣なのに一度も目が合わなかった。 紫乃が一生懸命声を掛けていたが、無視していた。 今朝はそんな事なかったのに、なにかしたっけと不安だった。 ……もしかして、俺を抱いた事…後悔してるのか? 最初は俺の悪ふざけだったけど、嫌なら突き飛ばせば良いのに…最後までするとは思わなかった。 なんか傷付く、もし河原が帰ってなかったら俺のせいだよな。 「早く物置片付けなきゃな」 顔も見たくないだろうし、今日は物置で寝るから……安心して帰ってこいよ、河原。 自然と歩くスピードが落ちてきた時、ズボンのポケットが短く震えた。 電話ではないな、SNSメッセージだろう…紫乃か始か? 電話じゃないから緊急ではなさそうだし後ででいいか、もう食堂閉まってるしコンビニで夜食を買ってから帰る事にした。 寮前に着き、自分の部屋がある窓を見つめた。 電気付いてるな、今朝は付けていないから河原帰ってるのか。 もう顔も見たくないのかと思っていたから、一先ずホッとして寮に入った。 もう10時半だ、夜更かしして何してるんだ? ……もしかして、俺が帰ってくると思って襲われるとか思って怖くて眠れないとか。 河原にかぎって怖いとか、ないなとその考えは消えた。 というか俺が襲うってなんだよ、と自分で勝手に思って微妙な顔をしながら部屋の前で鍵を差し込み開けた。 まだ気まずくて部屋を覗く、リビングのみ明かりが漏れて暗い廊下を薄く照らす。 「…た、ただいまー」 返事がない、声が小さかったからか…それとも俺とはもう話してくれないのか? 河原とはいい友達になれると思ったのにな、と寂しく思う。 …胸がズキズキ痛む、彼女にフラれた時と同じだ。 何だこれ、河原に嫌われたと思っただけなのに吐き気がする気持ち悪い。 夜食が入ったコンビニ袋を落として急いでトイレに駆け込む。 吐きたいが飯を食べていないから液体しか出ない。 ……あの時と同じだ、違うのは場所くらいだ。 そういえばあの時、誰かがいたような気がした。 「メンタル弱いな、また吐いてんのかよ」 「…っ!?」 後ろから聞き覚えある声がしてこの部屋にいる人物なんて一人しか思い付かない。 トイレのドアに寄りかかる河原は俺をずっと見ていた。 吐いてる場面なんて汚くて見れないだろうに動こうとしない。 なにか用があるのか、あ…俺じゃなくてトイレにか。 仕方ない、中身全部出してビニール袋にでも出すしかない。 動くのもダルいけど何とか足に力を入れて立つ。 河原のためにも俺はいない方がいいだろう。 トイレの入り口に立つ河原を押し退けて歩き出した。 河原がどんな顔をしてるか分からない、顔を見る勇気はなかった。 玄関に起きっぱなしの買い物袋に近付こうとしたらいきなり後ろから肩を掴まれた。 驚く暇もなく押し倒されて地面に叩きつけられた。 頭を打ち顔を歪めていると目の前に河原の顔がありなにか言う前に唇を塞がれた。 「ふっ、ん、んー!!」 「…ちゅ、はぁ…んっ」 河原の口からなにかを流し込まれた、これは…水か? 唇が離れたと思ったら河原は持っていたペットボトルに口付けて、俺に口移しする。 前にも、こんな事があった…唇の感覚…水が喉に通る気持ちよさ… 今まで忘れていた事が一つ一つ思い出される。 そうだ、彼女にフラれた時同じ事をされたんだ。 じゃあ河原がファーストキスだと思ったら違ったのか? いや、そうじゃない……同じなんだ…荒いのに何処か優しいキス…それに河原は転校する前から俺を知っていたという。 あの人は、河原だったのか…恩を覚えていたが顔はぼやけていて思い出すのに時間が掛かった。 ペットボトルの水が半分くらいになり、もういいと河原の肩を押す。 誰が訪ねてもいいように変装のままだった。 これじゃあ河原の顔が見えない、今どんな顔をしてるのか見たい。 河原のかつらを引っ張るとズルッと簡単に落ちて美しい金髪の河原が見えた。 いつもの河原らしくない、眉を寄せて悲しげな顔をしていた。 「…悪かった、俺としたからお前吐いたんだろ」 「……違う、河原が俺とした事を後悔してるって思ったら急に気持ち悪くなって」 素直に思った事を言ったら河原は目を丸くしていた。 なんだよ、変かよ…俺だってちょっと変だとは思ってるけど… 河原は何を思ったのかまた水を口に含み唇を重ねてきた。 もう良いって言ってるのに今度は俺の舌を吸ったり噛んだりしてだんだん濃厚になっていく。 肩を押すが今度はびくともしない、荒くなる息がこぼれ落ちる。 力が抜けていき、肩に手を添えるだけになりやっとキスから解放された。 何故今こんなキスをするんだ、河原が分からない。 「お前が苦しんでる顔は好きだ、綺麗だと思ってる」 「……いきなり何言って」 「でも、一人で勝手に自己満足して苦しんでるお前には腹が立つ」 河原は俺を睨んでいた、なにか言おうとした口が閉じる。 自己満足ってなんだ?河原が後悔してるって言った事か? だってそうだろ?普通の男なら勢いでヤって後悔するだろ。 それとも写真でもあって脅しに使うとか?河原ならあり得そう。 俺の考えに気付いたであろう河原はデコピンしてきた。 …いてぇ、そういうところは勘がいいんだな。 「俺は一度でも後悔してるって言ったか?」 「………それはだって、普通の男なら」 「普通、な…じゃあ俺は普通じゃないんだな…お前を好きになったんだし」 …これは幻聴だろうか、好き?誰が?河原が?俺を? 河原はもう一度、今度は確実に伝わるように耳元で「俺はお前が好きだ」と言った。 その言葉は砂を吐くように甘く俺の脳をとろとろに溶かすようだった。 もやもやしていた感情が嘘のように晴れていく。 不思議だ、もしかして俺はずっと河原にこう言われるのを待っていたのか? それはなんでなんだ?…今朝の紫乃の言葉が脳内に何度も響いた。 河原は耳元でクスクス笑う、正直くすぐったい。 「お前も俺が好きなんだろ?」 「な、何言って…」

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