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第29話

※三条優紀視点 今日の仕事は二つある、一つはこの前短期でやったら社長さんに気に入られたまに人手不足の時に呼ばれる掃除代行人の仕事ともう一つはちょっと特殊な仕事だ。 午前一件掃除代行の仕事をして午後にもう一つというスケジュールだ。 二回目だからか腰は少し慣れていて少し痛いがあまり気にならないぐらいの痛みだから気にせず仕事をした。 一人暮らしのおばあちゃんと世間話をしながら掃除をして、終わった。 家はそんなに広くなかったから少し時間があるな、そこら辺で暇潰しするか。 どうせなら次の仕事場の近くの喫茶店でも行こうと、某チェーン店の喫茶店に入った。 今日は日曜日だからか混んでるな、窓際が空いてるから窓際のカウンターに座る。 店内の落ち着いた雰囲気にボーッとしながら頼んだ新作の抹茶ラテを飲む。 つい新作って聞くと頼みたくなるんだよなー…うまい。 一緒に頼んだケーキをフォークで刺して、窓の向こう側に見える看板が目に入った。 そこには「STAR RAIN緋色初主演!学園を舞台にした胸キュンラブストーリー!」とでかく書かれていた。 本当に飛鳥そっくりだなと眺めていたらコンコンとテーブルを叩く音がしてそちらを見た。 サングラスにマスクの怪しい人物がそこにいた。 ……凄い厳重な花粉対策だな。 「ごめんね、席空いてなくて…ここいい?」 「カウンター席だから許可取らなくてもいいですよ」 人がいっぱいいるし、申し訳なく思う必要はないだろう。 青年は「ありがとう」と言い隣に座る。 あ、同じ抹茶ラテだ…ちょっと親近感が湧いた。 マスクをずらし飲んでいる、俺はケーキを口に入れる…甘い、うまい。 周りはひそひそと話している、明らかに不審な感じだが陰口は良くないと思うぞ? 花粉対策なら当然だと思う、花粉症になった事がないから辛さは分からないが… 「ごめんね、騒がしくして」 「いえ、花粉は怖いですからね」 「?…うん」 スマホの画面を見て時計を確認する。 まだあるな、どうしよう…抹茶ラテもケーキも食べ終わりそうだし…暇だな。 チラッと隣を見る。 身長高いし大人っぽいから年上でいいんだよな? オヤジに見えて高校生とか普通にいるからな、俺のクラスにも一人か二人いる。 青年はこちらをジッと見ていてなんだ?と首を傾げると慌てたように謝ってきた。 いや、別にいいんだけどそんなに謝られると罪悪感がな。 「ご、ごめん!スマホばっかりチラチラ見てたからどうしたのかと思って…聞かれたくない事だったら言わなくても」 「時計見てただけですよ、これからバイトなんで…あそこの」 そう言って指を差した場所は喫茶店の目の前にある某テレビ番組の本社だった。 俺のもう一つの仕事はそこの本社の中にある音楽番組のステージ設置の手伝いだ。 何度かやった経験があり、人手不足の時に呼ばれる。 今日もそれで呼ばれた。 青年は素顔は隠れて見えないが雰囲気的に驚いてるみたいだった。 まぁ番組には出ないが有名人を少しでも見れると羨ましいもんなのかな、俺には芸能人と一般人の区別がよく分からないから会っても嬉しくないが… 「君もなにかの番組に出るの?」 「いや、裏方の手伝いですよ…俺なんて出れませんよ」 「……そうかな?綺麗な顔なのに」 男に綺麗と言われても嬉しくない、どうせなら男らしいとか言われたい…俺のイメージじゃないが… 紫乃だったらアイドル顔だから人気出そうだな、女性アイドルグループに紛れても分からない気がする。 そういえば彼は「君も」と言ってなかっただろうか。 じゃあもしかしてこの人もなにかの番組に出るのか? …というと芸能人?じゃあそのマスクとサングラスは変装だったのか?…花粉対策も少しありそうだけど… さっきからちらちら見ている人達は芸能人っぽいがいまいち分からず声を掛けられず葛藤していた。 青年は立ち上がって飲み終わった抹茶ラテのマグカップを持ちこちらを向いた。 「良かったら中案内しよっか?」 「え……そんな事して怒られませんか?」 「大丈夫だよ、僕がいれば…時間は大丈夫?」 「あ、はい」 時計を確認すると30分くらいはまだ約束の時間まであり少しだけなら…と好奇心に勝てなかった。 芸能人には興味はないが、妹に土産話を出来るかなと思った。 この人は大物芸能人かなにかなのか?普通なら一般人を中に入れるなんて出来ないよな。 さすがに関係者以外立ち入り禁止の場所には入れないが、一般公開されてる場所や楽屋をちょっと覗くくらいは大丈夫だと言われた。 …う、なんか変に緊張してきた。 一緒に喫茶店を出て本社ビルに向かう。 マスクとサングラスを外し持っていたカバンに入れる。 茶色い綺麗な髪の持ち主の姿はこんな顔だったのか。 少したれ目で泣きほくろがある気だるい感じの青年だった。 飛鳥と同レベルの美形に会い、 驚いていたら青年はクスクスと笑った。 飛鳥と違い優しさに溢れたオーラが眩しいな。 「そんなに見られたら恥ずかしいな、驚いた?」 「……はい、かなり」 「改めて自己紹介するよ、僕はSTAR RAINの本郷圭介…よろしくね」 「三条優紀です」 手を差し伸ばされたから握る、暖かな体温を感じた。 STAR RAINか…知り合ったなんて言ったら妹に殺されそうだ、いや…妹は緋色贔屓だからセーフか? 彼の素顔を見て驚いたのは美形だったからで彼がSTAR RAINの本郷圭介だと気付いたからではない。 それを知らない本郷圭介はニコニコ笑っている。 そろそろ本社ビルに入らないのか?と苦笑いしながら俺はそう思った。 中に入ると一般公開されてるフロアは日曜日だからか人が多い。 「今日は音楽番組にSTAR RAINが出るから一目見ようと来ているファンが何人かいるね」 「……へぇ」 興味がなく空返事をする。 横に妹がいたら殴り飛ばされてるかもな、ガクブル。 「ねぇ、あれ本郷圭介じゃない?」 「きゃー!!圭介!!」 一人が本郷圭介に気付きいろんな人に囲まれてしまった。 寸前で避けたから俺は無事だが、ちょっとこれじゃあ案内は難しいかな。 そこら辺見て回るかと思っていたら腕を掴まれた。 どうやって抜け出したのか、本郷圭介が俺を連れてその場から走って逃げた。 何人か追いかける人がいて正直怖かった。 アイドルって大変なんだな。 「何処行った?」 「確かここだと思ったんだけど」 「こらこら君達、ここは入ってきちゃダメだよ」 ファンの子はスタッフの人に怒られて連れてかれた。 暗闇に包まれてお互いの息遣いと心臓の音が響く。 何処か分からない部屋に押し込まれて息を潜めていた。 「もう行ったかな」と本郷圭介は不安げな声を出して扉を開けて廊下を確認する。 少し光が漏れて顔が見えるくらいには明るくなった。 もう出ても大丈夫なのか本郷圭介は俺の方を向いた。 「…っ!?ご、ごめん!」 目を見開いて慌てて距離を取り俺から離れていく。 鼻先がかすれるほど距離が近くて俺も驚いた。 暗かったし気にする事はないだろ、俺は気にしていない。 まぁ、男相手で気持ち悪かったなら悪い事をしたな。 手探りでドアノブを探してドアを開けると部屋全体が明るくなった。 資料室だったのか、勢いで入ったけど関係者以外立ち入り禁止じゃないか。 本郷圭介に近付くと、ほんのり頬が赤くなっていた。 「大丈夫か?」 「え?あ、大丈夫…」 本郷圭介はふらふらと資料室を出る、本当に大丈夫か? 窓もなかったから少し暑かったのだろうか。 まだ数分しか経っていない筈なのに眩しくて目を細める。 壁に掛けてある時計が目に入り眺めた、もういい時間になっていた。 …走って追われて隠れて時間経っちゃったな。 まぁ滅多に出来ない貴重な経験をしたし土産話にはなるかもな。 「じゃあ俺そろそろいきます」 「え!?もう?」 「はい、いろいろありがとうございました…正直アイドルとか興味なくてすぐに忘れたりするんですけど、貴方の事は忘れません」 「うん、僕も…数分の出来事だったけど楽しかったよ…ありがとう」 本郷圭介に手を振り歩き出した、芸能関係の仕事をして芸能人とこんなに会話したのは初めてかもしれない。 あ、サインくらいもらっとけば良かったか? …いや、忙しそうだったし…さすがに図々しいか。 それに妹は緋色のサインの方が欲しいだろうしな。 壁にいろんな舞台や映画やドラマのポスターが貼ってあった。 本郷圭介は青春ノンフィクション映画に出るらしい、爽やかさにぴったりだなと笑う。 そういえば飛鳥も芸能人だけど何のテレビとかに出るのか聞いてないな。 今度聞いてみよう、どんな芸能人か教えてくれなかった飛鳥が教えてくれるか微妙なところだけどな。

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