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第30話
※本郷圭介視点
初めて会ったその時、君の瞳に魅入られた。
今日はSTAR RAINとしての活動が休みだと言われていて、雑誌のインタビューの仕事を入れていた。
だからマネージャーの瀬名さんから電話があった時は嫌な予感がした。
出たくないけど出ないと後でうるさいしなぁ…と思いながら電話に出たらSTAR RAIN全員事務所に集合だと言われた。
雑誌のインタビューは事務所の近くの喫茶店で行うから少しだけならと了承した。
そして事務所の社長室に向かうと緋色と幸人が先に来ていた。
「揃ったな、では仕事が押してるから本題に入ろう」
社長の話によると、いつもお世話になっている某音楽番組に急遽出演する事が決まったそうだ。
理由は出る予定の僕達と同じ男性アイドルグループのリーダーが風邪で休み穴埋めとして呼ばれたそうだ。
プライドが人一倍高い幸人は「はぁ!?なんで僕達が尻拭いなんてしなきゃならないの!?」と社長の机をバンバン叩き抗議していた。
こんな態度を取れるのは幸人ぐらいだろう、実の親子の緋色でさえ他人行儀に話すのに…
瀬名さんに羽交い締めにされ幸人を元の場所に連れ戻す。
緋色を見るといつもの面倒そうな顔じゃなく、少し厳しい顔をしていた。
予定にない仕事が入ると不機嫌になるのにこの顔は少し違う、珍しくやる気?
「珍しいね、やる気?」
「…別に、ただ今日は家に帰りたくないだけだ」
緋色の今の家って寮じゃなかったっけ?クラスメイトと上手くいってないのだろうか。
緋色は僕達とは比べられないほど人気だから、苦労も倍なのかもしれない。
僕も別に断る理由はない、歌うのは好きだし…仕事をしていると嫌な事を忘れられる。
音楽番組は毎週日曜日の夕方生放送だから早めにインタビューを終わらせれば大丈夫だ。
そして単独で仕事があるから一先ず事務所前で別れた。
幸人は怒りながら家に帰って寝る!と言っていた。
緋色は瀬名さんと話し別の仕事を入れたようでそっちに向かう。
僕はそろそろ雑誌の記者との約束の時間になるから喫茶店に向かった。
喫茶店では紅茶を頼む、それが僕のイメージだから…
本当は抹茶が好きなんだけど瀬名さんに「爺くさいからやめてください」と怒られてから表の時は紅茶を頼むようにしている。
紅茶は嫌いではないが、やっぱり抹茶が良かったな。
いくつか質問を受け、インタビューは終わった。
はぁ…何処かで抹茶飲もうかな、勿論バレないように変装して…
喫茶店を出て、適当な場所でお茶をすると万が一音楽番組のリハーサルに間に合わなかったら大変だからテレビ局の近くに確か喫茶店があったからそこに行こうと思う。
芸能人が来るかもしれないと思って頻繁に通うファンがちらほら行くからあまり好きではない。
しかも抹茶を飲んでると分かったらすぐにネットに拡散だ。
……怖いな、ネット社会…でも俺の抹茶不足はそろそろ限界だった。
サングラスとマスクをして店に入る、緋色みたいな目立つ髪色じゃないから十分だろう。
オーラで芸能人だって分かるかもしれないが、誰かは分からないだろう…それでいい。
まず最初に目についたのは新作の抹茶ラテだ。
この喫茶店に入って良かったと思いながら頼んだ。
しかし、さすが日曜日…ほとんど席がない。
カウンター席の端が空いていたが、いきなり隣に座ったら迷惑だろうか。
話しかけて断られたら諦めよう、そう思った。
恐る恐る声を掛ける、人見知りとしてはかなり勇気がいる行為だった。
誰とも仲良く優しい性格なイメージと現実のコミュ障な僕のギャップにいつも悩まされている、すぐにマイナスを考えるのは悪い癖だな。
しかし、直そうと思っても直らないからもう諦めている。
サングラスにマスクしてるしと自分に言い聞かせていたら、少年がこちらを向いた。
後ろ姿だと性別もよく分からなかったがとても綺麗な子だと思った。
曇り一つもないガラスのような綺麗な瞳が僕を写し、ゾクゾクと感じた事がない感情が湧いた。
隣を座る事を許してくれた、断られる心配はなくなりホッとして隣を座る。
あ、同じ抹茶ラテだ……彼も抹茶が好きなのだろうか。
彼と友達になりたい、無意識にそう思っていた。
しかし周りは徐々に芸能人じゃないかと騒がしくなった。
まだ本郷圭介だとバレたわけではないが、彼が不快になったら大変だ。
必死に謝るとよく分からない事を言っていた。
花粉?まさか、この変装は花粉予防だと思われてる?
まさか変装以外を疑われると思っていなくて何だか可笑しくて小さく笑った。
彼はちらちらとスマホの画面を眺めていた。
指で動かしてはいないから時計を見たり…メールとかの通知を待ってる?
今日は日曜日でよく晴れている、デートにはいいだろう。
彼は綺麗でもあり女性にモテそうなほど格好よくもある。
きっと彼の彼女は釣り合うほど美人なのだろう。
ちょっと嫌な気持ちになり、抹茶ラテを一口飲みジッと見ていたからか不思議そうにこちらを見る。
彼が見ていたのは時計でこれからバイトがあると言った。
何故か不思議とさっきまでモヤモヤしていたはずの気持ちが一気に晴れた。
まさかそのバイトがこれから行くテレビ局なんてと喜んだ。
僕はまだまだ時間はあるし、もう少し彼と居たくてテレビ局を案内する事にした。
今までの友達はうわべだけ仲良くしていた、爽やかなイメージを壊さないために…
だから本郷圭介だと知らない今なら「さようなら」と言って終わればいいのに……理想の本郷圭介を演じるのは疲れる、緋色は外ではキラキラ王子様だけど気を許した相手には素を見せていたからそこまでストレスではないだろう。
メンバーにもマネージャーにも誰にも素を見せた事がなく、嫌でも演じていた…本郷圭介だって誰にもバレてない今なら少しだけ冷たくしても許される気がした。
でも何故だろう、彼には偽りがない僕を見せてる気がした……こんなに心から笑えるんだって初めて知った。
初めてだった、僕が芸能人だと知っても態度を変えない子は…
さすがにSTAR RAINの本郷圭介だと知ると驚いた顔をしていたが、それだけ…何も変わらず接してくれた。
嬉しいと思った、純粋に芸能人ではなく僕自身を見てくれたようだった。
テレビ局のロビーに入り、まずは僕の事を知ってもらいたくてSTAR RAINのグッズなんかが売ってる場所に行こうか。
STAR RAINのファンではなさそうだが、これをきっかけに僕のファンになってほしいなー…なんて…
ちょっと図々しいだろうかとそう思っていた、数分前までは…
変装なんてしてないから分かるよね、今は彼がいるのにいつものファンサービスでサングラスとマスクを外して来たのが悪かった。
今日ぐらい変装しとけば良かった、でも彼に僕を見てほしかった。
ファンの子達に一気に囲まれて身動きが取れなくなった。
質問やサインの嵐に苦笑いしながら彼の方を見る。
あー…行ってしまう、呆れられてしまっただろうか。
僕が僕でいられる、やっと理想の子に会えたのに…
その時たまたま瀬名さんが通りかかり、僕をファン達から救出してくれた。
「ここは僕に任せて早く行って!」
「…ありがとうございます」
瀬名さんが犠牲になり、慌てて彼を連れてその場を後にした。
追いかけてくるファンがいたから廊下の曲がり角で目についた場所に入る。
音を立てないように彼を壁に押し付けて沈黙する。
なんかかくれんぼしているみたいで不思議なドキドキ感を味わった。
だから今どんな体制かなんて気にしていなかった。
声が聞こえて遠ざかる足音を聞き、確認のため少しドアを開いた。
慎重に見渡すが、スタッフ数人以外誰もいなかった。
ホッとして彼にも伝えようと彼の方を向いた。
鼻が軽く触れ合い唇が触れそうなほど近くて驚いた。
無意識にこんなに近くにいたなんて……心臓が暴れてうるさい。
彼に近付くのは危険だ、自分が自分でなくなりそうな…そんな気がする。
慌てて距離を取るが彼は何故か近付いてくる。
部屋が明るくなりさっきよりも顔がはっきりする。
……あぁ、やっぱり綺麗な瞳だ、捕まえて自分だけのものに出来たらどんなにいいか。
名残惜しいが彼はここに遊びに来たわけじゃない、ずっといられない。
本当は楽屋に行って皆に紹介したかったんだけど……皆も彼の魅力に気付いたら嫌だから内緒にしとこう。
まぁ、STAR RAINのメンバーは皆他人に興味がないからあまり心配しなくてもいいと思うけどね。
僕も、そうだった筈なんだけど…今日初めて会った彼に心を奪われた。
名前を覚えられただけでこんなに嬉しいなんて思わなかった。
電話番号ぐらい聞いとけば良かった、男同士だし…変…じゃないよね。
…自分から聞いた事がなくてどうしたらいいか分からなかった。
こんなんだから幸人にヘタレとか言われるんだろうな。
また、この仕事をする時…会えるだろうか。
奇跡のような確率で出会えたらその時に聞いとこう、いろいろと…
「…あ?」
「あ…」
ガラが悪そうな声が聞こえて目の前に立つ人物を見た。
彼は確かMEMORYの古城 怜牙 。
僕達と同じくアイドルで、STAR RAINに続く二番人気のグループだ。
リーダーの古城怜牙はクール系の王子様と言われていて、冷たい瞳の中に優しさがなんとかかんとか…
いつもオリコンはSTAR RAINの下で何かとSTAR RAINを敵視している。
詳しく言うとSTAR RAINの緋色だけなんだけど…
女性雑誌の彼氏にしたい芸能人、好きな芸能人、友達にしたい芸能人などなど…
全て緋色が1位で古城怜牙は常に2位だった。
今度緋色が出るドラマも緋色が主役で古城怜牙は間男役…そこまで続けば嫌になるのも分からなくはないけどね。
タイプは違うが王子様なのも被ってるし、緋色は優しい王子様(仕事モード)で古城怜牙はクール王子様だからね。
だから緋色を敵視してたまにメンバーの僕達もとばっちりに遭う。
当の本人の緋色は眼中になくてほっといてるのがまた腹が立つようだ。
とりあえず同業者だ、挨拶ぐらいしとこう。
「こ、こんにちは…MEMORYも音楽番組出るの?」
「チッ、緋色のクソ野郎も居んのかよ…最悪」
舌打ちして僕を睨む古城怜牙、正直僕は彼が苦手だ。
彼もまた、緋色と同じ仮面を被ってるアイドルである。
クールなキャラなのに口悪いし不良みたいにガラ悪いのをファンが見たらどう思うだろう。
まぁ彼も緋色同様隠すのが上手いからなんとかなっているけどね。
幸い緋色はいないからブツブツ愚痴を言いながら素通りしていった。
絡まれずに済んでため息を吐いた、緋色がいたら長くなっていたから良かった。
ここにずっと居ても仕方ないからそのまま楽屋に向かった。
楽屋に入るといつも見慣れた光景が目に入った。
幸人はナルシストだから鏡を見つめて髪を整えていた。
緋色は台本を読みながら今日歌う新曲を聞いていた。
僕が入ってきた事にいち早く気付いた幸人はこちらを向いた。
「あっ、遅かったじゃん!インタビューそんなに長引いたの?」
「え、あ…うん」
言えない、一般の子と一緒にいたとか…絶対に言えない…特に一般人を下に見ている幸人には…
幸人は気にならないようで「ふーん」と言って会話は終了した。
瀬名さんが楽屋に来て僕に早く着替えてリハーサルに向かうと急がす。
STAR RAINは売れっ子でも、新人の頃を忘れずに…決して天狗になってはいけない。
仕事は全力でこなし、謙虚な気持ちでいる事。
当たり前の事だけどそれを忘れてはいけない、STAR RAINの皆はそう思っている。
今日もその気持ちを忘れずにステージに立つ。
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