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第36話
「…やべ、食いすぎた…夕飯食えねぇ」
「ムキになるからだろ」
部屋に帰ってきたのは空が真っ暗になっている時だった。
誤魔化すためにドーナツとか言ったのを後悔する。
あれから始はずっと疑いながら俺を見るからドーナツを食べに行かないとバレそうだと感じて四人で某ドーナツチェーン店に放課後向かった。
幸い今日は部活が休みだと二人は言っていた……顧問の先生も雨だと早く帰りたいのだろうか。
いろんな学校の制服がちらほらと見える、数人同じ学校の生徒もいた。
ドーナツとか何年ぶりだろうか、へぇ…今いろんな種類のがあるんだな。
飛鳥を見ると色鮮やかに並べられたドーナツを真剣に眺めていた。
「…飛鳥はどれにする?」
「………どれが美味いのか分からない」
「まさかだけどドーナツ食った事ないのか?」
飛鳥は首を傾げた……マジか、今だとコンビニとか行けばあると思うけど…
まぁそういう人もいるだろう、それは分かる。
なら飛鳥には俺が選んでやるか、プリンも美味そうに食べていたから甘いものが苦手ではないだろう。
好き嫌いはないか聞いてトレイに一つ一つ乗せていく。
俺は、まぁ適当に新作とか食べてみるかな。
ふと始の方を見ると、かなりドーナツを乗せている…そんなに好物だったのか?
始は俺を見てニヤッと笑っている、それがなんか腹立たしい。
きっと写真の事を根に持っている安い挑発だろう……それは分かる、分かるんだが…
「どうした?そんな少量で足りるのか?もやしだからな優紀は」
「あ?もやしの代表的な体型しているお前には言われたくねぇよ」
俺と始の間に見えない火花がバチバチと音を立てた。
そんな俺達を心配そうに見る紫乃と呆れた顔をする飛鳥がいた。
俺と始は山積みドーナツを買い、四人用テーブルに着き競いあうようにドーナッツを口に押し込んだ。
大食いではない二人が食べて食べきれるわけがなかった。
結果は同時に何個めかのドーナツを口に入れてテーブルに伏せて倒れた。
言わんこっちゃないと二人の冷ややかな目を向けられ俺と始は反省した。
残りのドーナツはお持ち帰りして、その日は帰った。
ドーナツを冷蔵庫に入れる飛鳥の背中を見ながらコーヒーを飲み一息つく。
「あんな腹に溜まるもん食べ過ぎたら夕飯食えなくなるって普通分かんだろ」
「…う、申し訳ない」
「でもまぁ、普通の高校生活っぽくて楽しかったけどな」
後ろ姿で顔は見えないが、声が弾んでいる感じからして飛鳥も楽しんでいたみたいだ。
普通の高校生活ってよく分からないが、そういえば飛鳥って転校生だったっけ。
前の学校の話を聞いた事がなかったがどんな感じだったんだろう。
…変装してたのかな、やっぱり…俺以外に飛鳥の正体を知っている奴がいたのかな。
飛鳥は台所を出て自室に向かった、腹が減ってるようには見えない。
ドーナツ二つしか食べてないんだから腹減らないのか?
俺の事は気にせず寮の食堂に行けば良いのに、今なら紫乃がいると思うぞ?
普段は弁当を食うがそれは食堂が閉まってる場合だ。
今ならまだ開いてるから行けば良いのに、できたての料理の方が美味いと思うぞ?
俺はバイトで遅くなる日が多くてあまり食堂には行った事がない。
少ししたら飛鳥が自室から出てきた、やっぱり腹が減ってきたのだろうか。
「飯食いに行ってくれば?俺はまだ起きてるし」
コーヒーカップに口を付けたらカシャッと音が聞こえた。
今朝も聞いたなともう驚く事もなく飛鳥がいる方を見た。
飛鳥はやはり今朝のようにカメラを構えていた。
……何をしてるんだ、俺の写真を見て自分でも撮りたくなった?
カメラマンになりたいのかと飛鳥を眺める。
飛鳥は嬉しそうに今撮った写真のデータを見ていた。
そしてこちらを見てやらしくニヤッと笑った。
飛鳥のこれは何か企んでるな、しかし俺には写真で何をするのか思い付かなかった。
「優紀、今朝の事…忘れてないよな?」
「…今朝?いろいろありすぎて分からん、何だっけ?」
「お・わ・び」
ゆっくり飛鳥がそう言う、あーそういえばそんな約束したっけ。
…で、もしかしてお詫びって写真撮らせろとか?
でも今も勝手に撮ってるしお願いする事じゃないよな。
なんだろうかと首を傾げると飛鳥はまたデジカメを構えた。
…なんか様になってるな、カメラマンも向いてるんじゃないか?
あ、でも飛鳥は芸能人だからカメラ向けられる側か。
「ハメ撮りさせろ」
飛鳥の言葉が脳内で何度も響く、そして俺の頭は真っ白になった。
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