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第51話

「そろそろ終わりにするか、紫乃…風呂だろ?」 「あっ!そうだった!」 紫乃は急いでテーブルの上に開いていたノートを片す。 始は紫乃を嫌な視線から守るために一緒に大浴場に行っている。 俺は飛鳥に何故か止められてるから行けない。 飛鳥はかつらだし、入れないから当たり前か。 この前買ったばかりなのにまたごわごわしたら気の毒だしな。 「じゃあまた明日な!」と帰ろうとしたら、紫乃に腕を掴まれて止められた。 「どうした?紫乃、分からない問題なら明日教えてやるぞ?」 「そうじゃなくて、せっかくなら皆で入ろうよ!最近優紀くん大浴場で見かけないから、ね」 俺に対して言っているのに目線は飛鳥に向けられている。 直接飛鳥に言うとすぐに断られるから俺を巻き込んで飛鳥も誘ってるな。 しかし飛鳥はとても嫌なのか明らかに顔が引きつっている。 紫乃と始は飛鳥の変装を知らない、それが不安なのだろう。 だからどう言い訳して断ろうか悩んでるようだ。 この時間なら風呂入る奴も少ないし、飛鳥をガードすれば俺達以外バレないと思うぞ。 二人は飛鳥の素顔を言いふらしたりしない性格だ、ふざけていても友達思いのいい奴だ。 いい機会だし、飛鳥も秘密を知ってる人が増えた方が気が楽だと思うぞ。 俺だけの秘密じゃなくなるのは寂しいが、飛鳥に近付いて髪に触れる。 「…飛鳥」 「……あー、悪い…広い風呂とか落ち着かないから今日は帰るわ」 飛鳥はそう言い俺の腕を掴みそのまま始の部屋を出た。 当然始と紫乃は目を丸くしつつ手を振っていた。 やっぱり嫌か、と飛鳥に連れられ自室に戻ってきた。 ちょっと掴まれた腕が痛くて飛鳥の必死を感じた。 自室に戻るなりかつらを外す飛鳥を見つめる。 もう一度「…飛鳥」と言うと飛鳥はため息を吐いた。 「優紀、俺はお前に知ってもらえればそれでいいんだよ」 「紫乃と始も知ってれば変装も楽かと思って…二人は飛鳥の秘密をバラす奴らじゃ」 「分かってるが、正体をバラしたらいろいろと面倒なんだよ…上条とか…上条とか」 紫乃だけが面倒?どういう事だ?始はいいのか? 始はよくて紫乃はダメな違いがよく分からず首を傾げた。 飛鳥は玄関にずっと立ってる俺に近付き顔を近付けた。 あ…飛鳥、エロい顔してる…無意識なのか俺を誘うような色気を出している。 瞳を閉じると唇に柔らかいものが押し付けられた。 僅かに開いた口の中に侵入してきて絡み合う。 舌を吸い深くお互いを激しく深く求めて夢中になる。 「優紀、今日も風呂入ろうぜ」 「…ったく、いつもだろ」 一緒に風呂入ったあの日から飛鳥は気に入ってしまい毎日一緒に入ろうと誘う。 勿論身体を洗いっこするだけで済むわけもなく… 今日も飛鳥の手のひらで翻弄されて流されていった。 ーーー 翌日、ちょっと憂鬱な気分で廊下を歩いていた。 何回めかのため息を吐いた、ボーっと窓を見つめる。 教室を出る時の心配そうに見る紫乃と始の顔が忘れられそうにない。 そういえば昼休みになったら飛鳥がどっかに行ったけどあれ、何だったんだ? それを聞く前に俺は担任に呼び止められたからな。 職員室の進藤(しんどう)先生が俺に用があるとかで今職員室に向かった。 進藤先生は隣のクラスの副担任兼生活指導もしている。 俺、生活指導に引っかかる事しただろうか、記憶にない。 この学園は結構校則緩いからあまり生活指導を受けてる奴を見た事がない、まぁ喧嘩とかでは見かけるけど… 廊下で飛鳥とキスしたから?いやいや、そんなバカな…結構堂々としてる奴いるけど生活指導受けたなんて話聞かないし… 冷や汗を流しながら職員室前までやって来てしまった。 覚悟を決めよう、気を引き締めて職員室のドアを開けた。 「…しっ、失礼します!」 俺の声に反応して先生達はこちらを見つめてくる。 うっ…悪い事をしたわけじゃないけど、視線が痛い。 進藤先生を探すとそれらしき人がいて、すぐに見つかった。 眼鏡で冴えない感じでよく生徒にバカにされているから覚えていた。 進藤先生も俺に気付いて椅子から立ち上がった。 申し訳なさそうに頭を下げる進藤先生に俺もつられて頭を下げる。 「急に呼び出してごめんね」 「…い、いえ」 こんな気弱な人が何故生活指導をしているのか疑問だったが、それは今はどうでもいい。 俺は今なんで呼ばれたのか、理由だけ聞きたかった。 進藤先生に近付くと周りの先生達は自分の仕事に戻った。 窓から差し込む光が眩しい、しかし気持ちは暗くなるばかりだ。 進藤先生の態度からして悪い話じゃなさそうだがどうだろう……いまいち進藤先生の考えは読めない。 うーん、うちの学校はバイト禁止ではなかった筈だけど…………まさか、先生に写真売った事がバレた!? 「実は君のクラスの担任の先生に君は勉強を教えるのが上手いと聞いてね」 「…いえ、それほどではないですよ」 危機していた話と全く違う話でとりあえずホッとした。

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