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第62話

優紀は「頑張れ頑張れ」と俺の肩を揉んでいた。 笑顔の優紀が眩しく見えた、なんだそれ誘ってんのか? そんなわけない事は分かっているが優紀を見ると今すぐ押し倒していじめたくなる。 優紀は俺の背中を押して行かせようとする、何だよ…お前は寂しくないのか? 俺は少し優紀の前に出て足を止めた。 とっさに優紀は足を止めたが鼻先がくっつくほど、息が掛かるほど至近距離で見つめ合う。 もう少しだったのにと残念に思う。 だからちょっとからかって見たかった、ただ優紀の反応を見たかっただけだ。 首に触れて優紀を引き寄せる。 驚いた顔が可愛くて愛しい。 唇にキスされると思っていたのか目を閉じる優紀に頬に唇を寄せた。 驚いている飛鳥に満足してニッと笑う。 「じゃあな、帰ったら…」 そこで言葉を止める。 チラッと横に目線を向けると頬を赤らめた男が数人立ったいる奴が見えた。 しかも前屈みの奴もいる。 きっとこの先を言うと優紀はとてもいい顔をするだろう。 しかし、これ以上サービスをする気はなく言うのを止めた。 優紀なら分かるだろ、いつもの事だしな。 俺は優紀と別れて勉強会に向かった。 しかしあの電話も気になる、電話してからでも遅くはないだろう。 上条は部活だから上条の部活が終わるまで久我と二人となる。 お互い話す事がないから気まずい勉強会になりそうだ。 ただ勉強してればいいだけなんだけどな。 廊下で待っていた久我に少しだけ待ってくれと伝えてその場を離れる。 人気がないところで電話をしたくていつもの空き教室に行く。 媚を売る教師連中は嫌いだが、なにかのためにと空き教室の鍵を渡してくれた事には感謝する…秘密が多いといろいろと大変だ。 空き教室でマネージャーと電話した。 この前ドラマ撮影は終わったし、ライブはサマフェスまでなかった筈だが…サマフェスの打ち合わせの追加かなにかか? 分からずマネージャーの話を聞く。 「…え、あ…はい…でもそれは…………分かりましたすぐ行きます」 電話を切り、ため息を吐いた。 今日は勉強見てやれそうにないな。 空き教室から出て久我が待つところに向かう。 久我に用事が出来た事を伝えると久我は不満そうな顔だったが俺の用事を優先する事を思い出したのか渋々頷いた。 明日はちゃんと見てやると約束して学校を出た。 学校から少し離れたところまで歩くと見慣れた黒い車があった。 マネージャーが迎えにきたみたいで車に近付くと扉が開いた。 「申し訳ありません、急に決まったので」 「…別にいい、でも俺…バスケなんて出来ないぞ」 車に乗り込むと走り出した。 後部座席から流れるように移り変わる景色を眺めていた。 マネージャーは「舞台なのでそれっぽくするだけで大丈夫ですよ」と言った。 ……それっぽく?仕事において一番嫌いな事だった。 やるからには完璧がいいに決まっている。 電話の内容は某有名なバスケ漫画の舞台の主役に選ばれたという内容だった。 初めてで主演をもらったドラマを見た監督が是非と言ってきたそうだ。 それなら圭介が適任ではないのか言ったが圭介だと雰囲気が落ち着きすぎてイメージではないそうだ。 その漫画の主人公は元気で明るく活発な性格だと言う。 全部俺に当てはまらない気がするが、緋色のイメージだとそうかもな。 そして本格的なバスケのシーンが多い原作通りに臨場感溢れるバスケのシーンを取り入れるそうだ。 そんなステージで適当になんか出来るわけがない。 そういえば上条はバスケ部だったっけ、バスケ部に入部しようかな…そうすればバスケが上手くなるかもしれない。 舞台は冬らしいからそれまでの期間で出来るかぎり練習して… 部活に入るなら優紀にも言わなきゃな、いきなりバスケ部とか入ったらビビるだろうし… 「夏はサマーフェスティバルの他にプライベートビーチでモデルの撮影と特番のゲスト出演と後それから…」 「…多忙なのは分かった、今は舞台の打ち合わせに集中させてくれ」 「そうですね、着きましたよ」 高層ビルの前で車が止まり、出る。 夏、優紀と遊べる日は何日くらいあるのか…俺の唯一の癒しはお預けかと憂鬱になりつつ仕事モードでビルの中に入った。

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