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第2話
「た~んば」
丹波は振り向かず、話を促す。
「ツレねぇな、こっち向けって」
花塚が後ろから丹波の肩を掴んで、花塚のほうを向かされた。
「っ、た、んば?」
「そ、かっこよくて頭が良くて優しくて品のいい、丹波海都とは俺のこと」
花塚は口を開けたまま無遠慮に丹波の爪先から脳天までを何度も行ったり来たり眺めている。薄荷の匂いが辺りを漂う。
「何があった?」
ギプスに固定された左腕。腫れた頬。傷のある口角。頬骨には痣が目立つ。
「あんたとのバカ話思い出してたら階段から落ちたわ」
丹波が笑う。花塚は鼻梁と眉間に皺を寄せる。そうかよ、と花塚は言って深くは訊かなかった。丹波が教室棟とは違うほうへ進んでいくのも花塚は何も言わなかった。遠回りにはなるが小西のいるクラスの前を通らずには済む。
「鞄貸せ」
右肩に掛けた鞄を花塚にもぎ取られる。
「ンだよ、しつけぇな」
「筋トレしねぇとモテねーぞ」
花塚は真っ直ぐどこかを見つめている。口調の割りに真剣な視線。黙っていれば女子はそれなりに囲ってきそうな外観ではあった。ただあっさりした中性的な男性を好む女子が多い昨今では難しいかも知れないと丹波は冷静に花塚を見つめていた。壁に設置された手摺を辿る丹波の速度に花塚は何も言わず付いて来る。
「万里 とのことだけど」
花塚が口を開く。
「俺にゃ関係ねぇよ」
「…そういうと思った。でもあれだ。オレ、フられたから」
「ざまぁねぇな」
花塚はわはは、と清々しく笑っている。
「でもちゃんと話せてよかったわ。サンキュな」
「いや、だから俺なんもしてねぇから」
花塚がわしわし丹波の髪を掻き乱す。何を言っても無駄だ。花塚のような人種は高いテンションを押し売る。丹波は黙ってされるがままになっていた。
「好きなやついるんだってよ」
「そりゃ驚きだ。俺と一緒に帰ってる暇ねぇな」
花塚の手が止まる。掻き乱されるのをやめられればやめられたで丹波は、なんだよ、と花塚を睨んだ。花塚は丹波の目をじっと見ていた。
「いや…このままずっと一緒に帰ってても問題ないと思うぜ?」
「何、もしかしてあんたの知り合い?」
「微妙なラインなのよ、ダチといえばダチだけど、知り合いっちゃ知り合いだな」
丹波が黙る。花塚は目を眉を跳ねさせ、愉快そうに口元をにやにやとさせている。
「三角関係とかじゃねぇよな?うわ、泥沼とかかわいそー。ってか小西、俺にくらい教えろよな…」
花塚は丹波の横で大きく溜め息を吐く。
「辛気臭ぇ。幸せ逃げんぞ」
「分けてやってんだよ」
「要らねぇよ」
「お前じゃなくて万里 に」
「ムカつくやつだな」
丹波が軽く肘で突く。
「お前ほどじゃねーって」
花塚はにやにやと締まりのない顔のままだ。丹波のクラスが見えてきた。
「花塚」
丹波の声がワントーン下がった。花塚の顔が引き締まる。
「小西こと、出来るだけ1人にしないでやってくれ。俺もなるべくそうすっから」
花塚から鞄を毟り取り、丹波は足を引き摺りながら教室へ向かう。花塚はその背を見つめていた。
ちょっと、海都どうしたの?
クラス中の注目を浴びてしまい丹波はギプスを外さなかったことを後悔した。医者からはギプスを外すわけにはいかないと言われていた。布は黙って取ってしまったが痛むので授業中にだけ付けようと思っていた。歩きづらいため足の包帯は外してしまった。口元の絆創膏も貼ったそばから剥がれてしまうため貼るのをやめた。それでも赤紫になった痣は隠せなかった。
目の前のかわいい子目で追ってたら階段から落ちたんだわ、いい男が台無しだろ?
丹波は何事もなかったと言わんばかりに笑う。帰宅途中に男2人組に襲われた。"有村先輩"と"大迫先輩"だった。小西にしたということをするのかとぞっとしたが、待っていたのは暴力。何かを言っていたが忘れてしまった。起きたら人気のない廃材置き場に寝ていて、母親は階段から落ちた、で誤魔化せる。まさか息子が暴力沙汰に巻き込まれるとは思っていないだろう。弟とは違う。いじめられ何もせず暴力を良しとする、丹波をいつも苛立たせる愚鈍な弟とは違う。ただ本当の自覚ある悪意の暴力に触れた時、丹波は何も出来なかった。
昼休みに小西がこのクラスに来ることを忘れていた。
「海都!」
小西にこの姿を見せたくなかったわけではなく、もしかしたら自身が小西と顔を合わせられなかったのかも知れない。丹波はクラスに入ってきた小西が近付いてくる様をじっと見ていた。
「小西」
丹波に触れる頃には顔をぐしゃぐしゃにしてにいた。丹波はぎょっとして他の者に明らかになる前にベランダへ連れて行く。小西は制服が汚れるのも厭わず体育座りで膝を抱く。
「ばか…!ばかか…!バ海都!」
「なんでいきなり罵るんだよ。他に言うことはねぇのか」
「だって、なんで…っ、言ってくれない」
「朝会わなかったから、言う機会なかったんだよ。いちいち言いに行ったら、変だろ」
丹波は小西の顔を覗き込む。小西はむっとした。
「そういや小西こそ、好きなやついたらしいじゃん。みっずくせ」
「…っ…ごめん。隠すつもりじゃなかった」
責めたり拗ねたりしたつもりはなかったが真剣な調子で返されてしまう。
「いや、別に。俺に紹介したら危ないもんな。賢明な判断だよ」
小西は、そうか、そうだな、と何パターンかの肯定をする。丹波はベランダの手摺に背を預けた小西を見下ろした。
「小西」
「なんだ?」
「1人で帰るなよ」
「…え?」
「いや、例の好きな子と帰るなら別だけど」
小西は頭を勢いよく振った。涙も乾く。
「海都と帰る」
小西は膝を抱えて丹波を見上げる。何故だか丹波の胸は大きく鼓動した。
「お、おお、そうか。まぁ、俺が首突っ込むことじゃねぇけど、好きな子も放っておくなよ?」
「それは!だ、大丈夫…」
小西が立ち上がって丹波に迫る。丹波は気圧 された。
「海都」
「なあに」
小西は座ったまま丹波を見つめる。丹波は首を傾げる。
「昨日は本当にありがとう。助かった。変ところを見せてしまったな」
「変ところ?覚えがないんだけど、ボケたか俺は」
「…海都、おれと出会った時のこと覚えてる?」
「忘れた」
「本当に?」
「本当に」
「嘘だ」
「こいつとはまだ関係が続く、って確信してたから忘れたんだよ」
小西はそっか、とはにかむ。
「海都がおれに、一緒に帰ろって言ってくれたんだよ」
「…は?マジで覚えてない」
丹波は思い出す。だがやはり覚えていない。初めて会った日は、いじめられていた弟を助けた後日だと丹波は思っていたが、違うらしい。
「口下手で…友達がいなかったおれに海都がさ。雨の日だったな…」
丹波はそうだっただろうかと小西を見つめながら記憶を辿る。だがやはり小西と思しき姿を雨の日の帰り道に見た記憶がない。
「だめだ、全然覚えてない」
「海都は人気者だもん、あんな1日のことなんて忘れちゃうよね」
小西は気にするなといった様子だったが丹波は気に掛かる。
「ごめんな」
「いいんだ…でもおれは」
海都ぉ?
クラスメイトが丹波を呼ぶ。にやにやとしていたため、丹波は何の話かすぐに分かってしまった。
ちょっとあんたに話あるって1年来てるけど。
うっわ海都のやつまたか。
今は友情の時間だから、と言ったが小西が構うなと言ったため、ちゃんと飯食えよ、と言って丹波は出て行った。まだ15分ほどある。早々話を切り上げて昼食を摂ろうと腕時計を確認した。
「丹波」
またお前かと丹波は振り向きざまに文句のひとつでもつけようかと思ったが、花塚の見せた曇った顔に殺 がれてしまった。
「今度はなんだ」
「いや…万里 泣いてたから、なにかあったのかと思ってよ」
「花粉症じゃね」
「花粉症じゃねーよ」
花塚が凄む。丹波より少し背が高いくらいだが、迫力があり、丹波は髪を掻く。
「いつの話?」
「昼休み。お前んとこ行ってんだろ?」
「まぁ大体は」
「大体は?毎日だろ」
「土日は高校来てねぇから知らねぇ」
花塚は問題児を相手にする新任教師のように困っている。あまり人間関係には苦労しないタイプだと丹波は思っていた。だが素行不良と強面寄りの外観の所為で周りの人間が譲歩するのが常なのだろう。だが丹波はそうしない。だから気に入られているのかも知れない。
「俺のトコに来て帰るときはフツーだったけど?腹でも壊したんじゃね」
花塚は本当か?と言わんばかりの怪訝な表情を向ける。
「じゃあ原因はお前じゃないんだな?」
そう言ってからギプスや湿布を見る花塚に丹波は何だよと視線を送る。
「言っちゃ悪りぃかと思ったからよ…」
「言ったも同然だろ。そこまでナイーブじゃねぇし。言ってみ?3・2・1・Cue」
「丹波その姿に自責の念に駆られて…」
花塚は躊躇いがちに答えた。
「自責の念ねぇ」
「有村先輩と大迫先輩でしょ、ソレ」
丹波は反射的に花塚を見てしまった。目がばっちりと合う。花塚は気遣うように控えめに笑った。それが何故だか気に入らず蹴りを入れたが、利き脚を怪我していたことを忘れ、弱々しいものになる。
「言えばいいだろ。気遣うこっちの身にもなれ」
「気遣ってくれなんていつ言ったよ。いつもみたいに無遠慮に訊いてくればいいだろ」
引いたのは花塚だった。それが負傷している丹波への遠慮のようで丹波は嫌だった。花塚のことはよく知らないがこういう男ではなかったような気がする。
「分かった。変に気ィ回すのやめる。もともとガラじゃねぇ。万里 に何言った?」
「昼休み?フツー。あ、でも俺の姿見て泣いてたわ。でもその後泣き止んだし。それじゃね」
花塚は信用出来ないという無言の圧力をかけている。
「初めて会った時の話とかしたな。もしくは飯食いそびれたとか。飯食いに行ける感じじゃなかったし」
何話したっけな、と丹波は昨日の晩御飯を思い出すかのように記憶を辿る。
「初めて会った時のこと?」
「俺が小西と初めて会った日のこと。記憶が行き違ってたみたい。でも、それくらいで泣かないだろ?だからやっぱ俺のコレ見て驚いた、がファイナルアンサー」
花塚は暫く丹波を見つめる。苦手ながらも考えているらしかった。明日は知恵熱でも出すのだろうか。丹波は中身のない視線を鬱陶しがりながらも花塚の思考を待つ。
「1番しっくりこねーけど1番しっくりくるわ」
「はっきりしろって。モテねぇぞ」
「うっせ」
気にしてんだぞ!と花塚は続けたが花塚も陰ながら人気がある。遊んでいそうな雰囲気で遠ざけてしまってはいるが。
「まぁお前が小西大事にしてるのは分かったわ」
「…丹波ってバカ?」
「名前にバカって入ってるからってやめろよな」
花塚は呻る。また何か慣れない気を回そうとしているのだろうか。
「さっき気は回さねぇって言ったろ」
「お前にはな!万里 には回すわ!」
ワケ分からんと丹波は溜息を吐く。チャイムが鳴った。5分前行動を校訓にしているため授業開始5分前にチャイムが鳴り、また授業開始時にチャイムが鳴る。
「そろそろ行くわ」
「マイペース野郎!」
「自己紹介すんなよ」
丹波は花塚を挑発するように手を振ってクラスへ戻る。玄関やトイレ、体育館を目的とする時花塚のいるクラスに近付くことになる。まるで縄張りだとでも言いたげに丹波は高確率で声を掛けられる。色街が近い繁華街を1人歩く女でもここまでの頻度ではないのでは、と思うほど。
「今日は一緒に…帰れるか」
遠慮がちに小西が丹波のクラスに来てそう訊ねる。いつもはそのようには訊かない。帰れない日の連絡はあるけれど。
「いや…昼休み…呼び出されていたから…」
同じくらいの背丈の小西の上目遣いに不覚にも丹波は心臓を掴まれた心地だった。
「あ~、あれか。まぁ、気にすんな。青春の1ページってやつだ」
小西にもありそうだが、敬遠されているのかも知れない。学問一辺倒という雰囲気があるからか、そういった声は掛けられないようだ。
「そうか、野暮なことを訊いた」
「いいって。それよか昼飯食えた?」
「あ…ああ…」
「何食った?俺パンだったから帰りはバーガー系じゃないな」
小西は口を噤む。そのため丹波は深く訊かなかった。問い詰めたいわけではない。
「成長期だしちゃんと飯食わなきゃな?」
「…すまない」
責めたつもりはない。嘘を嘘と認めたつもりもない。また泣かせてしまえば花塚に絡まれるだろう。
「何が?どした?」
すっとぼけて自分は責めたつもりはないのだとアピール。小西は何でもない、と言った。元気がない。ダイレクトに問うしかないのかも知れない。
「小西」
「なんだ?」
「花塚に言われたんだけど…俺のこの格好、怖ぇ?」
何言ってるんだ?というような不思議な目を向けられ丹波の怒りはふつふつと花塚に向かう。どちらから出した意見かも、今日あった会話だというのに覚えていない。おそらく花塚だったはずだ。
「怖くはない…痛々しくはあるが…痛いだろう?」
「押すと痛ぇ」
押さなければ痛くはない。歩いたり座る時に怪我を思い出すくらいだ。小西は丹波答えに笑った。花塚に会ったら一撃見舞う必要がありそうだ。
小西と並んで玄関に向かう。花塚の姿が廊下に見えたが花塚は小西に見つかる前に隠れてしまい、丹波も何も見ていないことにした。
「巴とは、あの後話したんだ」
「ほぉ。日本語話せんだ、意外」
「もう避けなくていいんだ。いつも巴がおれを恨んでる気がして…逃げたんだ。自分から話しかけるのが怖くて」
玄関を出ると空は灰色だった。天気が悪くなっている。丹波は小西を初めて認識した日を思い出す。年下とはいえ、いじめっ子数人へ向かっていった、当時の丹波と背丈に大きな差が出ていた小さな姿。
「仕方ねぇんじゃんね。あいつ見た目怖ぇし」
逃げるは言い過ぎだろうとフォローする。
「でも付き合ってた仲だった」
「形式だったんだろ」
小西は肯定もしなければ否定もしない。花塚は形式だけではなく、と言っていたが、それがどういうことなのか丹波は考えるのをやめていた。答え合わせをする気はない。ただの邪推の域を出ないだろう。
「感謝してる。巴にも…海都にも」
「花塚はとにかく、俺も?」
「また巴と話せることになって…おれ友達少ないから…もしかしたら海都から他の友人たちとの時間を奪ってるんじゃないかって不安になるんだ。こんなことは言うべきじゃないとは思っているんだが…」
小西は不安な表情を隠すためか俯きがちだ。
「なんだ?俺が怪我人だからみんな優しいのか?」
花塚もやたらと気を遣っていたことを思い出す。似合わない。
「全然考えてなかった、そんなこと…。俺結構何も考えずに小西といること選んでるな」
隣から溜息。だが安堵を感じる。
「そんな感じだから、小西も言いたいことあれば言えよ。まぁ、たまには俺も傷付くかも知れないけどな」
小西は口元を緩めた。
「ンで?」
「ンで、とは」
にやにやして花塚は丹波に声を掛けた。
「ばっか、万里(ばんり)のこと以外にあるかよ」
そして思い出す。
「あ、そうだあんた、一発殴らせろ」
「は?なんでっ」
「かくかくしかじか!」
腑に落ちない様子ではあったが花塚は簡単に捕まる。手加減を感じ丹波の怒りは萎えてしまう。
「ンで、万里 の悩みは解決したのかよ」
「知るかよ、自分で聞け。でも俺のせいじゃねぇみたい。あんたのコトじゃね。あんたと和解できてよかったってよ」
花塚は真剣な顔だ。
「丹波は…好きなやつとかいるのか」
「は?」
花塚が問う。何を言い出すかと思えば突然予想もしていなかったことだ。丹波は花塚を奇妙なものでも見るかのような眼差しで見る。
「答えは」
「知るかよ。いたとしてもあんたには教えねぇ」
花塚は不服そうだが丹波は無視した。何故そのようなことを訊いたのだろう。
「なんでぇ!…オレはお前のコト好きなのによ…いねぇとはなんでぇ…」
いないともいるとも一言も言っていない。だが丹波は花塚の肩を掴んで目を合わさせる。
「あんた、俺のこと好きだったんだ?」
丹波は驚きと戸惑いを浮かべている。対する花塚もだ。
「いいよ」
「え、ちょわ丹波ぁ?」
花塚は丹波の真っ直ぐな目から顔を逸らした。
「あんた、毎日毎日俺に声掛けて、そっか、なるほどな。確かに禁じられてるな。男同士で、俺の親友の元カレ…」
「元カノかも知れないだろうが…いや元カレだけどよ…じゃなくて!」
「依り戻そうとしてフラれて、毎日健気に俺のところきて、俺に惚れちゃったんだな。責任は取るよ。報われねぇんじゃつれぇわ」
「丹波ぁ」
「だからいいぜ、付き合うか」
丹波の額に掌が当てられる。丹波は何だよと首を捻って花塚の手から逃れた。
「やっぱ頭打ったんじゃ…」
「いやぁ、俺であんたの長かったまどろっこしい恋心が救われるなら…」
「おい、」
花塚は頭を抱える。丹波は何だよと睨む。
「ただし俺がカレシだからな」
疑問符を浮かべる花塚に丹波は返事を促す。言質は取っておかねばならない。
「まぁ好きになれるよう努めるわ」
「どうしてこういう話になったんだ…」
「同性をも魅了しちまう罪深い色男だったってことだな。まぁ、冗談でも好きだなんて言わないこった」
花塚は疲れたと言わんばかりに項垂れた。
「冗談か…」
「お灸だ。付き合え」
どちらの意味なのか花塚には分からなかった。
「花塚と付き合うことにしたから。もうあいつのことは任せろ。小西も小西の好きなやつにアタックしたほうがいいって」
昼休みにやってきた小西に丹波は言った。小西は目を瞠る。
「え…」
「正直しんどいんだわ、フるの。何でいちいち罪悪感覚えなきゃならねぇのかなって、思って。誰かと付き合っても俺好きなやついねぇし。花塚なら割り切れっからさ、その辺のこと」
「…そうなんだ…」
小西は唇を噛み締めて俯いた。丹波は顔を覗き込む。腹でも痛むのだろうか。いとこが若年性の胃がんをやったため、腹痛には少し過敏だ。
「巴を頼む…おれとは上手くいかなかったから…いや、おれが言うのも変な話だな」
小西は肩を落としてそう続ける。
「小西?」
「教えてくれてありがとう。2人のこと、応援する…、応援する」
小西の目は潤んでいた。丹波は息を呑む。
「ありがとう。俺も小西の恋路、応援するから」
小西は笑ってから顔を逸らした。
「じゃあな」
小西が去って行く。慌てているかのように挨拶は適当で、目を合わさないどころか顔を見せず。
「は~なつか」
「丹波…」
花塚に会いに行けば花塚はばつが悪そうな表情をした。半ば呆れているような、諦めているような。
「付き合う動機が不純すぎね?」
「もうモテ期は要らね。なんで勝手にばかすかコクられて断って俺が罪悪感覚えなきゃなんねぇワケ?大体よく知りもしないくせになんで付き合えると思ってるのか、OKもらってから知ってもらおうとするのか分からねぇもん」
「うっわ、モテ男は言うこと違うわ」
花塚のクラスのベランダで2人寄り添って並ぶ。付き合っているのだ。問題はない。普段の花塚の丹波への懐きようはなりを潜め、手摺に肘をつくと丹波の逆を向いている。
「友達からはじめよう、を信じてるかわいい乙女心が分からないかね」
「分かんねぇよ」
花塚は批判的だった。だが丹波には丁度良い。
「お前はモテホモ。オレはモテないホモだよ、最悪だ」
「あとは影でコソコソ好きに言ってりゃいい。俺は世間的にホモになった。これでコクられない」
「お前の理論でオレはモテなくなるんだよ!」
「何あんたモテたいの」
「モテたいかモテたくないかでいえばモテたいだろ」
花塚は大きく溜息をつく。丹波と交際することになってから何度目だろう。
「まぁ小西のことは守らなきゃだろ、あのパイセンらマジでヤバそうだし」
丹波も花塚とは逆の方を向く。頬杖をついて遠く田園風景を見つめる。空間に溶けたゴルフ場のネットが一際高い。
「ヤバいだろうな。万里 の兄ちゃんたちにコテンパンにされてたもんよ」
「でもまぁ、男同士だし小西だし、3人一緒でもいいだろ?」
「何が」
「一緒に帰るの」
花塚は黙った。丹波は花塚?と花塚のほうを見ることもなく視線はそのまま声だけで確認する。
「いやそれはフツーに2人で帰れば」
「は?」
「なんで?」
花塚と丹波が向かい合う。お互いに訳が分からないという表情だった。
「いや、俺とあんた、付き合ってんの」
「相手男でいいなら万里 って手だって…」
「小西に好きなやついるって言ったのあんただろ」
花塚は片頬を釣り上げ、丹波を威嚇する。丹波は知らね、と呟いてまた田園風景を眺めはじめる。また溜息が漏れる。
「丹波、マジかぁ」
花塚は手摺を掴んだまま脱力したのか屈み込む。
「また会いにくっから、いい子で待ってろよハニー」
「やめろ…!」
丹波は投げキッスをして去って行く。
放課後に花塚を連れて小西を迎えに行く。
「巴…」
「あ~なんだ、その、オレも丹波と友情を育みてぇなと…」
ああ、聞いている。小西は花塚を見ることなく小さな声でそう言った。
「海都、遠慮するな。おれは1人で大丈夫だから…その、好きな人と、帰るから…」
「ちょっと、万里 …」
花塚は小西の肩を掴む。丹波は黙って2人を見ていた。
「今度は上手くやれたらいいな、巴」
2人の過去の話であるなら首は突っ込めない。興味もない。小西は去って行く。
「丹波…」
「心配だけど仕方ねぇんじゃね。好きな子と帰るんじゃ…邪魔も出来ないだろ」
花塚は丹波の態度が不服そうだ。
「でも有村先輩と大迫先輩はマジでヤバいから、オレは万里 のとこ…」
「やめとけ、親バカじじいみたいだっての。好きな子と2人きりにさせてやれよ、野暮さ測定不能 か」
丹波は花塚の首元を掴む。
「マジで分かんねぇのか、お前」
花塚は困惑している。丹波は、はぁ?と訊き返した。
「分かる・分かんないって何が」
「天然?」
「養殖だったら価値下がんの?電撃破局?」
「………ゼッテェ言わねぇ」
花塚は丹波から顔を逸らす。丹波は食い下がる。
「ンだよ、言えって」
「なんだ嫉妬か?」
花塚は表情を一転させ、きらりと笑う。丹波の肩を抱き寄せて赤みの強い茶髪を撫でた。
「やめろって」
「付き合えってノリノリだったのお前じゃん?」
花塚はすぐに丹波を放した。丹波は乱された髪を撫で付ける。
「多分あいつのことだから気ィ遣ってああ言ってっけど、結局は1人で帰るんだよ」
丹波は早く言えと吐き捨て、小西の後を追う。花塚も項垂れて丹波の後を追った。
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