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第1―6話
翌朝、吉野は午前10時頃起きてきた。
勿論先に起きていた羽鳥が朝食に何が食べたいか訊くと、フレンチトーストと元気に答えた。
羽鳥は吉野と一緒に食事を取りながらも、注意深く吉野の食べる様子を観察した。
やはり普段より食べる量が減っている。
吉野に訊くと、一度に沢山食べるのが難しいとのことだった。
痩せ型で細い体型の割に、食べる時には普通の人より良く食べる吉野が食べれないと聞いて羽鳥は胸を痛めた。
だが可哀想だと嘆いていても仕方が無い。
自分に出来ることをしなければ。
柳瀬は羽鳥が昨日、遅くとも今日には吉野宅にやって来ると確信していたらしく、冷蔵庫の中の作り置きは今日の一人分が夕食までだ。
羽鳥は食事が終わると、吉野には部屋で休んでいるように言い聞かせ、自分はスーパーに買い出しに出掛けた。
今日は土曜日。
明日の夜までは羽鳥は吉野の傍にいてやれる。
そして吉野とアシスタント達のクリスマスパーティーは水曜日だ。
翌日はクリスマス・イヴ。
楽しく水・木と過ごさせてやりたい。
その為には月・火の過ごし方が重要だ。
羽鳥はスーパーから帰ると早速料理を始めた。
朝が遅かったので、お昼からは少し遅い時間に昼食にする。
メニューは吉野も大好きなスープスパゲティだ。
これなら喉にも通りやすく、具が多少多くても食べやすい。
吉野は食事時のいつもの笑顔でニコニコしながら、美味しそうに羽鳥が皿によそった分を完食した。
羽鳥は作り置きのおかず作りを一段落させると、吉野にケーキでお茶にしないかと誘った。
吉野は瞳をキラキラさせて「食べたい!」と即答した。
そんな吉野に羽鳥も自然と笑顔になる。
羽鳥はスーパーに買い物に行った時、吉野のお気に入りのケーキ屋で小ぶりのケーキを二種類買っておいた。
羽鳥はローテーブルにケーキとカフェオレを用意してやった。
吉野が「頂きまーす!!」と無邪気にフォーク片手にケーキを食べ出す。
羽鳥は吉野の前のソファに座り、ブラックコーヒーを飲みながら、そんな吉野の様子を顔を綻ばせて見ていた。
吉野が「ごちそうさま!!」とケーキを食べ終わると、羽鳥は吉野の隣りに移動した。
「トリ、すげー美味しかった。
ありがと!」
吉野は上機嫌で羽鳥の肩にちょこんと頭を預ける。
羽鳥はやさしく吉野の肩を抱いた。
「吉野、話がある」
「ん?何?」
「吉野が入稿明けに倒れた時のことだ」
「で、でもそれは…優から聞いたんじゃないの?」
「俺は吉野から直接聞きたい」
暫くの沈黙の後、吉野は小さな声で話し出した。
「入稿明けのことは、バイク便に原稿を預けたとこまでしか覚えてないんだ。
気が付いたら病院だった」
「…そうか」
「病院の先生は最低三日は入院した方が良いと言ったけど、俺は絶対嫌だって言って優と帰って来た」
羽鳥が吉野を抱きしめる。
「俺に話してくれなかったのは気を遣ってくれたんだろう?
確かにあの時、俺は吉野の役に立て無かっただろう。
だけどな」
羽鳥が両手で吉野の小さな顔を両手で包む。
「俺は吉野のことを全て知りたい。
入院しなければならない程、具合が悪いことを知らずにいるなんて…。
それを吉野本人からじゃなく柳瀬に聞かされるなんて…正直ショックだったよ」
「トリ…ごめん」
吉野の瞳が潤む。
「これからは何があっても、俺に話してくれるか?」
吉野がコクリと頷く。
「…それと」
羽鳥は吉野の顔から手を離すと、吉野から顔を背けた。
「トリ?」
吉野が羽鳥の腕を掴む。
羽鳥はそれでも吉野を見ようとはせず、普段の滑舌の良い声が嘘のようにボソボソと言った。
「吉野…俺が怖いか?」
「えっ…」
「アシの子達とクリスマスパーティーをやる話をした時、家では無くてわざわざ外で話したよな。
それも柳瀬までわざわざ引き連れて。
柳瀬に言われたよ。
吉野は俺と二人きりで話すのが怖いんだって。
俺と話せば吉野はどうしたって俺に丸め込まれるからって」
「そ、それは…」
「吉野、正直に言ってくれ。
何かを決める時、俺と話すのが怖いのか?」
羽鳥は自嘲気味に笑った。
「もしそうなら…それは恋人同士じゃないよな」
羽鳥はそう言うと黙った。
吉野も何も言わない。
ふと羽鳥が視線を上げる。
吉野は目にいっぱい涙を浮かべていた。
「トリの馬鹿…」
「吉野…」
「あれは…俺は本当はトリも誘いたかったんだ。
でもアシの子達の様子を見たら、誘えなくて…。
そ、それだけじゃなくて色々あって…。
そしたら優が話してくれるって言ってくれたから。
外で話したのも、家で話したら人目が無い分、言い争いになるかもって優が言うから…」
吉野の大きな黒目がちの瞳から、涙が零れた。
「ただそれだけなのに…何で俺がトリが怖いんだよ!
恋人同士じゃないなんて言うなよ!」
「千秋、ごめん」
羽鳥は吉野を力いっぱい抱きしめた。
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