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第1―8話

月曜と火曜の吉野の体調は良かった。 羽鳥は会議や作家との打ち合わせの合間に吉野にメールをしまくった。 いわく、食事はとれているか、家で大人しくしているか。 吉野は初めこそ今は何をしているかとか、トリのごはんはサイコー!!今は何を食べているかなどと返事をしてきていたが、羽鳥の余りのしつこさに 『食べた』 『寝てる』 『漫画』 『風呂』 くらいしか返して来なくなって、羽鳥はクスリと笑った。 そして火曜日の午後、なぜか羽鳥に柳瀬からメールが届いた。 柳瀬からのメールと言えば仕事のことしかない。 だがメールには一言の文字も書かれていない。 全て画像と動画だ。 しかも吉野宅のリビングで、柳瀬とアシスタントの女の子3人が部屋の飾り付けをしている。 吉野はといえば、柳瀬と並んでソファに座ったり、アシの子達の飾り付けを、やはり柳瀬と楽しそうに見ている。 とにかく吉野の画像の隣には必ず柳瀬が写っているのだ。 羽鳥はかわいい吉野に笑顔になりそうになる度、吉野の横で満足そうに笑っている柳瀬に苦虫を潰したような顔になってしまう。 トドメは動画だった。 吉野宅のリビングには大きなクリスマスツリーがある。 クリスマスシーズンも修羅場になるため、少しでもアシの女の子達に楽しんでもらうために、毎年吉野と羽鳥で用意する。 そのツリーの天辺の星のオーナメントを吉野と柳瀬で付け替えているのだ。 女の子達が「先生、もうちょっと右です!」「柳瀬さん、頑張って!」などと、きゃあきゃあ騒ぐ声も入っている。 ツリーの天辺には踏み台に乗らないと届かないので、大きな星を持つ吉野を柳瀬ががっちり支えている。 そして無事星のオーナメントを付け替えることに成功すると、吉野と柳瀬は頬と頬がくっつくくらい近寄って笑い合っている。 アシの子達から黄色い歓声が上がる。 羽鳥はスマホをブチッと切り、イヤホンを乱暴に外す。 そんな羽鳥を美濃が不思議そうに見る。 「羽鳥、何かあった?」 「…別に」 羽鳥は不機嫌丸出しの顔で書類を持つと立ち上がった。 羽鳥は帰宅すると、吉野に柳瀬からのメールの件を聞いてみようかと思った。 だが、二度と見るのも嫌だがよくよく画像と動画を見直してみると、吉野は何もしていない。 やったことと言ったら、ツリーの星のオーナメントを付け替えただけ。 たぶん柳瀬とアシの子達が、吉野が疲れないようにと気を使ったに違いない。 オーナメントの星もアシの子達が用意したのだろう。 羽鳥はフッと息を吐く。 これじゃ何を聞けばいいんだ? 柳瀬から嫌がらせのメールがきたと報告するのか? ……吉野はあんなに楽しそうだったのに。 有り得ないが、柳瀬も吉野が元気だと知らせてくれたのかもしれない。 いや、絶対にそんなことは有り得ないし、絶対に『俺達こんなに楽しいんだぜアピール』の嫌がらせだと分かってはいるが。 羽鳥は画像から柳瀬を切り取ると、ピクチャアルバムの『千秋』のフォルダーに入れた。 動画はどうしようか考えて、パソコンで編集することに決めると、羽鳥は着替えに寝室に向かった。 そして23日。 吉野達のパーティーは夕方6時に始まった。 今日は祝日だが、羽鳥はどうしても外せない仕事が突発であり、休日出勤をしていた。 だがそれも16時には終わり、18時前には帰宅していた。 簡単な夕食を作り、シャワーを浴びる。 するとスマホにメールが届いた。 宛名を見てうんざりする。 また柳瀬だ。 しかもまた文章も無く画像が2枚。 羽鳥は画像を見て息を飲んだ。 1枚目はアシの女の子が3人手前にいて、後ろに柳瀬が写っているバストアップの画像。 女の子達はニコニコと見るからに楽しそうだ。 柳瀬はちょっと微笑みを浮かべて、頭から赤で縁の白いケープを被り、赤い服を着ているらしい。 認めたくは無いが『美人』とよく称される柳瀬は、ケープのせいかまるでおとぎ話の雪の女王のようだ。 だが羽鳥を本当に驚かせたのは2枚目の画像だった。 それは4人の全身が写っている。 柳瀬は前に女の子達がいるのでチラリと写っているだけだが、どうやらサンタクロースの仮装をしているらしい。 問題は女の子達だ。 まるでパジャマのような部屋着を着ている。 いや、パジャマと言われればパジャマにしか見えない。 そう言えば…。 クリスマスパーティーの話を初めて聞いたカフェで、柳瀬は帰り際、 「あ、クリスマスパーティーつっても、実際はパジャマパーティーだから」 と言い放ったではないか。 こんな格好の女の子達に囲まれて吉野がパーティーをしているだなんて、羽鳥は頭が痛くなった。 そして気付いた。 吉野が写っていない。 なぜだ? 昨日の柳瀬からのメールには、これでもかと吉野が写っていたのに。 今夜のパーティーの様子こそ、羽鳥に送り付けて羨ましがらせる絶好のチャンスではないか。 けれど、羽鳥はそこで考えるのを止めた。 今夜はまだ大事な仕事があるのだ。 23日23時45分。 吉野のスマホが鳴った。 パーティーは大盛り上がりで、吉野も普段クールな柳瀬もアシスタントの女の子達も腹筋が痛くなる程笑い転げたし、みんなホロ酔い気分だった。 そんな中、無粋な着信音に部屋が一瞬静まる。 吉野は慌ててスマホを掴んだ。 羽鳥の名前が表示されている。 吉野はこんな時間に何だろう?と疑問に思いながらも素早くスマホをタップした。 「はい、吉野」 『俺だ』 「うん…それはわかってるけど…なに?」 『実はどうしても今夜中に目を通してもらわなければならない書類が出来た。 今、お前のマンションのエントランスにいる。 出て来れるか?』 「出て来れるかって…部屋まで来ればいいじゃん」 『みんながパーティーを楽しんでるのに、仕事の話もないだろう』 「それはそうだけど…」 『10分でいい。 じゃあ待ってるから』 それだけ言うと羽鳥の通話は切れた。 柳瀬が吉野の顔を心配そうに覗き込む。 「千秋、どうした? 何かあった?」 「うん…」 吉野はアシの女の子達に聞こえないように小声でいった。 「トリがマンションに来てるって。 どうしても今夜中に俺が目を通さなきゃならない書類があるって言って、エントランスで待ってる」 柳瀬の猫のような目が怒りで吊り上がる。 「何なんだよ、あいつ! 仕事バカにも程があるだろ!!」 「優、みんなに聞こえる」 柳瀬がハッとして口を噤む。 幸い女の子達には聞こえなかったようだ。 吉野はホッと息を吐くと立ち上がった。 「千秋、まさか…」 「10分でいいって。 仕事だし、行ってくる。 直ぐに戻るからアシの子達よろしく!」 吉野はそっと部屋から抜け出して行った。

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