8 / 61

第8話 一欠片のチョコレート

腰を固定されていても俺は怪我人だし、あんまり差し支えないよなと思ったが、かなりあった。 腰が固定される=全く動けない、これじゃ床擦れが出来る!! 直ぐに出来ないけど、そのくらいの苦痛だった。 「お兄さん、点滴まだ終わらないの?」 俺がぐったりしてたら、俺を仰ぎ見る『ゆりちゃん』がいた。 「……ゆりちゃん、病室に入ったら看護師さんに起こられるよ?」 「今は大丈夫だよ。『保護室の』の時間と洗濯物取りに行く時間だもん」 ……『保護室の』ということは保護しなきゃならない子がいるのか。 「お兄さん。ゆりね、チョコレート持ってるんだよ。山本さんに貰ったチョコレート」 ゆりちゃんは拘束されて身動き取れない俺の口に、箱のチョコレートを一欠片割って口の中に入れてくれた。 「お兄さん入ってきたばっかりだから、お菓子持ってないでしょう?」 『ゆりがチョコレートあげたのナイショね』と笑いながら、俺の枕元のタオルでその汚れた手を吹いた。 その仕草が子供らしくて、可愛くて……、ゆりちゃんは男の子なのに俺はときめいてしまった。 「お兄さん、ありがとうは?」 まさか感謝しろといわれるとも思わなかったから、辛いのを通り越して、俺まで笑った。 「っ……ゆりちゃん、ありがとう」 「うん、お兄さん」 「……お兄さんはやめようよ」 「なんで?」 「ゆりちゃんと仲良くしたいから」 「でもお兄さん、ここにいるの長くないでしょう?ゆりは一生ここにいなきゃいけないってパパとママが言った。名前を覚えても直ぐに居なくなったら寂しくなるから、お兄さんは『お兄さん』でいい」 その言葉を聞いたとき、俺はショックだった。 看護師さんに怒られながらも話しかけてくれた『ゆりちゃん』も別の世界の人なんだと感じた。 「……お兄さん、お菓子注文出来るようになったら、ゆりにお菓子頂戴ね」 「うん」 ゆりちゃんはまた俺の病室から脱兎のごとく逃げていった。

ともだちにシェアしよう!