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第20話『キズだらけのお兄さん』と『ピーターパン』
そのあと505号室に巡回に来た暴力サド看護師AとBさんに、ゆりちゃんにオレンジジュースをあげたことを怒られた。
俺は知らなかったけど、精神科の病院内は普通物の貸し借りは禁止らしい。
責任感がない、本能で動く患者さん同士のトラブルのもとになるから、その防止らしい。
……教えてくれれば良いのに、誰も教えてくれなかった。
どうやら精神科の病棟では当たり前のことらしかったから、教えるのを忘れたっぽい。
それにしてもゆりちゃんや角地さんは看護師さんからは特別扱いされているようで不思議だった。
俺はゆりちゃんにチョコレートをあげたという山本さんを探した。
山本さんはいたって普通の痩せたオジサンに見えた。
「君がゆりちゃんが話してた『キズだらけのお兄さん』か」
ゆりちゃんは一体俺をどんな風に患者さんに触れ回っているのか少し気になったけど、今も包帯やらガーゼをしているから見た目だろうと思ってあまり気にしないことにした。
「僕はね、八年前に会社からリストラされて鬱病になってこの病院さ。ゆりちゃんは……生まれつき重度の発達障害らしくてね、学校にも道が覚えられなくて通えないし、字も覚えられない、絵も書けないんだよ」
「……え」
「………患者さんの名前をやっと覚えても、覚えられたらもういないんだ。角地さんもそうらしい。だからかなぁ、あの二人は年を取るのを忘れてるんだ。ゆりちゃんは、あれで29歳。角地さんは54歳らしいし、あの二人は外の世界を知らないんだ」
それで俺は理解した、ゆりちゃん達がとても純粋なことを。
きっとこれからも年を取らない『ピーターパン』なんだ。
「大人はね、子供には優しくなくちゃ駄目だと僕は思うんだよ」
山本さんは笑ってそう言った。
「だからゆりちゃんにチョコレートをあげたんですか?」
「僕は痩せすぎだと言われてね、おやつを勝手に看護婦さんに注文されてしまうんだよ……。しかもチョコレートばかり。……僕は枝豆や柿の種が好きなんだけど、おつまみは厳禁なんだ」
要するに山本さんもゆりちゃんで助かっている身ではあるらしい。
でもこのことはごく一部の患者さんしか知らないことらしいので、俺も秘密にした。
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