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(2) 生月
パリンッ。
氷柱が割れる。
(手応えが……)
消えた。
馬の嘶きと共に。
暗器・姫に捧ぐ刺献華 は、捕らえたはずだ。
なのに……
嫌な空白。
なんなのだ。この空隙 の行間は。
パリンッ、パリンッ、バリンッ!
ひび割れる。
針の檻が。
氷柱が壊れていく。
破砕する監獄の中で、悪意の《思念》が増幅する。
風が吹き荒れた。
切り刻まれた御簾を吹き飛ばす。
ヒヒィィィーン
けたたましい嘶きが静寂を打ち破った。
「化け物がッ」
全身血だらけの……
否。
(血を止めている……)
筋肉で傷口をふさいで……
赤黒い血液が漆黒の毛並みを汚している。
氷柱の刃も。
(筋肉が弾いたのか)
漆黒の毛並みの奥の隆々たる筋肉は、針を通さない。致命傷に至る寸前で筋肉を引き締めて、貫通を止めるのだ。
(姫に捧ぐ刺献華 とは相性最悪の化け物、だな……)
フッと持ち上げた口角を……
ピシュッ
跳ねた氷柱が爪を立てた。
鮮血がつうっと頬に垂れる。
ポクリ、ポクリ
静寂を嘲笑 う蹄 の音。
闇に鳴り響く蹄が、折れた氷柱を踏む。
蹄が止まった。
「常軌を逸している」
眼前に現れた巨大な黒馬の両眼は、生き物を喰らう禍々しい光を深淵に宿している。
今は亡き鎌倉殿(頼朝公)が、これを見たならば『生月 *』とでも命名しただろうか。
いや……と、口の端に自嘲を刻んだ。名馬とは、主の武功を助けてこそ。
(現カマクラの主)
「時政様を弑殺 しようなどッ、言語道断!」
折れた氷柱の刃を構えた。
「地獄へ堕ちろ!」
この針の山を通って。
ダラリ……と、馬の口から涎 が垂れた。
血を求める双眼がギラリと光った。
漆黒の蔭 が跳ねる。
野生の脚力がその巨体を軽々と持ち上げ、跳躍した。
だが。
これこそ。
(読み通りだ)
狙いは定まった。
……針をも防ぐ筋肉でも。
「関節は弱い」
蹴り殺そうと迫る前脚の関節を、氷柱が刺し貫こうとした……刹那。
(………………え)
ふわり
体躯 が宙に浮いた。
俺の体………
たくましい両腕に抱かれている………
緋色の瞳が宵闇に燃えた。
(時政様?)
体を包むあたたかな体温。俺を両腕に抱いて………
これって………………
(もしかして、お姫様抱っこ~★)
キャアァァァーっ!
悲鳴は心の中だけどっ。
俺っ、時政様にお姫様抱っこされちゃってるっ。
なんでーッ★
*〔脚注〕生月……『平家物語』宇治川の戦いで先陣を争った佐々木高綱の名馬
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