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(4) 聖
見よ。
闇に舞い散る命の煌 めきを。
鮮血が太古の文字を刻む。
紅 の桜花が彩る葬送曲。
刻め。
貪欲なる命の熱を。
そして………………
「終 えろ」
花が命を奪う。
花に書かれた呪詛が命を吸い取る。
(これが……)
現世と、死者の国・黄泉 を繋ぐと云われ、時の権力者たちに畏怖されて、歴史の闇に葬られた……
(禁断の呪詛)
《古事文 》
猛々しい黒馬の生気が消失していく。
(時政様は本気で)
怪馬を屠 る。
桜が舞う。
血文字を描いた桜花が、瀑布 と化して流れる。
命を………
決して舞い戻れぬ死の国深くに沈める………
桜は儚く嗤 う………
けたたましい嘶き。
末期の絶叫さえ掻き消えた。
紅い桜は、死出の手向け…………
舞い上がった桜が白く霞み、やがてそこに現れたのは………………
ハッとして、みつ輝は息を飲んだ。
「人間?」
男が一人、床に横たわっている。
「言っただろう。コレは元人間だと」
では……
(この男が、馬の化け物の正体)
ピクリとも動かない。
死んでいるのか?
頸動脈を確かめる。微かに脈がある。だが虫の息だ。
(《古事文》の呪詛を受けたのだ)
生きているだけ運がいい。しかし、早く治療をしなければ。
呼吸のある事を確認するため、口許近くに手を当てた瞬間、みつ輝は目を見開いた。
男の顔には見覚えがあった。
この男は……
「時政様の従者ッ」
時政様と京都 に随従した使用人だ。
(どうして)
従者が馬の化け物になっていたんだ?
「禁呪《古事文》により、怪馬としての命を吸い取った。後に残ったのは、人間としての命だ」
最後の血花が闇に溶ける。
「馬を売って、鯉 でも買えば良かったか*」
フッと時政が口角を持ち上げた。
「京の姫と夜を共にしたのは、お前の前に臥せるその男だ。ゆえに、男は呪われた」
それは、どういう事?
「時政様?」
わずかに震えたみつ輝の唇に呼応するように、緋色の双眼が、艶めいた光を帯びて輝く。
「閨 を共にした男を獣に変える」
京の姫こそ…………
刹那。
闇が共振した。
視界がグニャリと歪む。
『死ねばいいのに』
鈍器で頭を殴打されたかのような衝撃が襲った。
あの声だ。
脳裏に打ち響く、女の声。
『殺したい……殺したい……殺したい、殺したい殺シタイ、殺す、殺ス、殺ス殺ス殺ス』
白い、陶磁の腕がニョキリと伸びた。
背後から。
首を撫でた氷の吐息……
『妾 が、お前を殺ス』
闇の淵から、腕が生える。
*〔参考文献〕泉鏡花『高野聖』
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