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(5) 清

氷の指先が首に食い込む。 (呼吸がッ) 脳に酸素が供給されない。 意識が濁る。 腕の戒めを破ろうともがくが。 (なんなんだッ) 腕は、己が頸動脈に縫いつけられたかのようにビクともしない。 (これが女の力か?) 否。 首を絞める腕は、魔物だ。 女の姿をした《(アヤカシ)》 京の姫の正体は……… (妖魔、か……) しかし。 姫の正体に今更気づいたところで、どうすればいいという。 (呼吸がっ、できない……) 全身の力が抜けていく。 白い氷の腕が、意識を奪っていく。 その時だ。 目の前で閃光が弾けた。 「時政……さ、まっ」 再び光が弾ける。 (時政様が俺を救い出そうとしてくれている) だが、妖姫(ようき)の魔力で空間が断絶しているのか。時政の力は届かない。 それでも。 尚も、光はまた弾ける。 (時政様は、あきらめていない……) 俺も、あきらめたくない。 でも……………… 意識が沈んでいく。 暗い、暗い、深淵に沈んでいく。 (俺、もう………) 意識が闇に引きずり込まれる。 ………刹那。 「聞け!」 それは、時政様の声だ。 「みつ輝!」 意識のほとんどない(まぶた)が、わずかに持ち上がった。 緋色の光が、黒瞳に映った。 ………時政様の目だ。 その眼差しにひどく安心した。 俺の名を呼んでくれた事。 俺を見てくれている事。 時政様は……… (あきらめていない) だから、俺も。 (あきらめない) だけど。 俺にできるのは、もう。 今にも粉々に崩れ落ちそうな意識のカケラを、か細い糸で繋ぎ止めるのが精一杯だ。 「姫、そなたが欲しいのは私だろう。私が、そなたの元へ行く」 瞬間。 青白い音がきしみ、空間が仄暗く歪んだ。 黒髪がハラリと揺れる。 ……鼻孔をくすぐった、白粉(おしろい)の微かな香。 『姫』と呼ばれた女が暗闇から姿を現した。 わずかに、首を絞める陶磁の腕が緩んだが。 最早、みつ輝に脱出の力は残されていない。垂れた首を持ち上げる力すら、みつ輝にはなかった。 ふとすれば永遠に閉ざされそうな瞼を、ほんの少し開けている。 「そなたに私を捧げれば、その者を離してくれるか」 そう言い、一歩、また一歩、歩みを進める時政が、みつ輝とみつ輝の命を掌握する姫の前で止まった。 「……あなたに、恭順を」 ハラリ、と…… 闇に髪が落ちた。 霞みゆく視界の中で、みつ輝は時政を見る。 (なぜ) 深々と…… (あなたは支配者なのに) このカマクラの。 この日ノ本の。 頂点に君臨する御方なのに。 深々と……… 時政が(こうべ)を垂れている。 「姫、あなたに我が誠意を」 捧ぐ。 白い陶磁の手に、掌を重ねた。 首を絞める右手の甲に、時政が唇を落とす……… 刹那だ。 『ギィヤアァァァァーッ』

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