6 / 21
(5) 清
氷の指先が首に食い込む。
(呼吸がッ)
脳に酸素が供給されない。
意識が濁る。
腕の戒めを破ろうともがくが。
(なんなんだッ)
腕は、己が頸動脈に縫いつけられたかのようにビクともしない。
(これが女の力か?)
否。
首を絞める腕は、魔物だ。
女の姿をした《妖 》
京の姫の正体は………
(妖魔、か……)
しかし。
姫の正体に今更気づいたところで、どうすればいいという。
(呼吸がっ、できない……)
全身の力が抜けていく。
白い氷の腕が、意識を奪っていく。
その時だ。
目の前で閃光が弾けた。
「時政……さ、まっ」
再び光が弾ける。
(時政様が俺を救い出そうとしてくれている)
だが、妖姫 の魔力で空間が断絶しているのか。時政の力は届かない。
それでも。
尚も、光はまた弾ける。
(時政様は、あきらめていない……)
俺も、あきらめたくない。
でも………………
意識が沈んでいく。
暗い、暗い、深淵に沈んでいく。
(俺、もう………)
意識が闇に引きずり込まれる。
………刹那。
「聞け!」
それは、時政様の声だ。
「みつ輝!」
意識のほとんどない瞼 が、わずかに持ち上がった。
緋色の光が、黒瞳に映った。
………時政様の目だ。
その眼差しにひどく安心した。
俺の名を呼んでくれた事。
俺を見てくれている事。
時政様は………
(あきらめていない)
だから、俺も。
(あきらめない)
だけど。
俺にできるのは、もう。
今にも粉々に崩れ落ちそうな意識のカケラを、か細い糸で繋ぎ止めるのが精一杯だ。
「姫、そなたが欲しいのは私だろう。私が、そなたの元へ行く」
瞬間。
青白い音がきしみ、空間が仄暗く歪んだ。
黒髪がハラリと揺れる。
……鼻孔をくすぐった、白粉 の微かな香。
『姫』と呼ばれた女が暗闇から姿を現した。
わずかに、首を絞める陶磁の腕が緩んだが。
最早、みつ輝に脱出の力は残されていない。垂れた首を持ち上げる力すら、みつ輝にはなかった。
ふとすれば永遠に閉ざされそうな瞼を、ほんの少し開けている。
「そなたに私を捧げれば、その者を離してくれるか」
そう言い、一歩、また一歩、歩みを進める時政が、みつ輝とみつ輝の命を掌握する姫の前で止まった。
「……あなたに、恭順を」
ハラリ、と……
闇に髪が落ちた。
霞みゆく視界の中で、みつ輝は時政を見る。
(なぜ)
深々と……
(あなたは支配者なのに)
このカマクラの。
この日ノ本の。
頂点に君臨する御方なのに。
深々と………
時政が頭 を垂れている。
「姫、あなたに我が誠意を」
捧ぐ。
白い陶磁の手に、掌を重ねた。
首を絞める右手の甲に、時政が唇を落とす………
刹那だ。
『ギィヤアァァァァーッ』
ともだちにシェアしよう!