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(10) 揚げ出し豆府
月が滴る……
丸い傘から降るのは、薄紅の雨
桜の花弁が、欠けた満月の淵から宵闇に舞った。
星の流れさえ、飲み込むか。
桜の雨は降る。
たおやかに、たおやかに……
夜を染める……
「時政様も?」
縁側に出て見ればいいのに。
そう思って振り返った。
……直後にハッと息を飲んだ。
「時政様ッ」
壁にもたれて片膝をつく時政様の息が荒い。
深手を負っているのか。
俺には気づかれまいと、今まで無理して。
「来るな!」
駆け寄ろうとして、叱責された。
どうして?
ならば、せめて薬師 を呼んで早く治療しなければ。
しかし。
時政の視線が制する。
「夜も更けた。お前は部屋に戻れ」
どうしてっ。
「俺は時政様が」
……心配で。
その言葉は飲み込むしかなかった。
「私は化け物だろう?」
はだけて見せた胸元……
蛇の鱗のように。
痣 がトグロを巻いている。
白い肌に、痣が真っ赤に燃えている。
「時がたてば痣は消える。しかし……」
奪った命は戻らない。
《古事文》の因果の証
この痣は《古事文》により、これまで奪ってきた命の怨念。
罪の痛み。
贖 えぬ、暗き闇の証なのだ。
「……………………死にたい」
ぽつり、と。
桜の雨に乗って、声は時政に届いた。
「あーあ、死にたい。死にたい。死にたい。死にたい」
……………………みつ輝?
いつの間にか。
真正面にみつ輝がいた。
「触ってよ」
胸元をはだけて……
時政の右手を、己が左胸に導いた。
「俺の心臓、動いている」
でもさ。
「あなたが罪の意識に苛 まれるなら、この心臓も止めなくちゃいけない」
「馬鹿を言うな!」
「だったら!」
この心臓は、あなたと同じ罪を背負っている。
あなたが救ってくれた命だから……
「あなたが助けてくれた命なんだ。あなたが背負うのと同じ重み、背負わせてください」
黒瞳が揺れる。
桜の雨に濡れて……
「冷えちゃったけど、食べよ?」
その手には箸が添えられていた。
奇跡的に無事だった揚げ出し豆府を、切り分ける。
ひらり、と……
一枚。
どこからか、薄紅の花びらが豆府の狐色の衣に漂着した。
「さ、時政様」
みつ輝の手に手を重ねて。
口に入れた揚げ出し豆府の味は、優しい。
「………ぁ」
耳元で、小さく息を飲む声が聞こえた。
……優しい味ごと。
揚げ出し豆府ごと、みつ輝を包む。
ぎゅうっと抱きしめた。
きつく、きつく
強く、強く
離れぬように。
誰にも渡さぬように……
「お前をメチャクチャにしたくなる……」
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