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 翌日の夕刻。僕は早速、部屋に入ろうとする天宮くんを捕まえる。 「天宮くん」  部屋の入口に手を掛けていた天宮くんが、桶を片手に怪訝そうな表情でこちらを見やる。  銭湯が混まないうちに、風呂を済ませてきたのだろう。頬がほんのり赤く染まり、髪もまだ濡れているようで、ペッタリと黒髪が頬に張り付いていた。 「突然声をかけてしまってすまないね。折り入って話があるのだが……」  そう言いつつも、視線を天宮くんの下腹部に向けてしまう。  紺色の単衣(ひとえ) に鼠色の帯を締めていた。今日も、この着物の下に何も付けていないのだろうか。 「貴方は……坂間(さかま) 透也(とうや)さん……でしたっけ?」 「よく、名前がわかったな」  僕は少し驚いた。人に無頓着そうな彼が、まさか自分の名前を知っているとは。 「えぇ……だって同人雑誌に貴方が、構内一の美男子だと紹介されていましたから」  まさか、そんな物を鵜呑みにするとは驚きだ。あれは、同じ趣味趣向の者達が集まって書かれたものだ。信憑性に欠けるという、考えに至らなかったのだろうか。 「でも、その人物が僕だとはわからないだろう。写真だって、載っていないんじゃないのか?」 「いろんな人に聞かれたんです。僕の……隣の部屋の住人が、雑誌の人物なんだろうって……」 「君はなんて、答えたんだい?」 「わかりません、と……でも、僕にはなんとなく貴方なんじゃないかと思っていました……」  天宮くんの言葉尻が徐々に弱々しくなり、視線を逸した。その姿に僕は昨日の光景を脳裏に描いてしまう。 「そうか。そんなことより、一緒に僕の部屋に来てくれないか?」 「何故です?」  警戒心が強いからか、昨日の痴態を秘めているからなのか。  天宮くんは少し警戒の色を宿した目で、僕を見つめる。 「案ずることはない。とりあえず、ついてきたまえ」  天宮くんの手首を優しく掴む。  彼はびくんと体を震わせ、頬が赤く上気している。伏せた目元が、ほんのり赤く染まっていた。その反応がなんとも(つや)めかしく、僕はすっかり彼の虜になってしまう。 「君にとっても、悪いことじゃない」  僕は唇の端を緩くあげ、彼の手を引いたまま、自分の部屋の襖を開ける。  幸福な事に、僕の部屋は廊下の一番奥にある。誰かが前を通る事は滅多にないのだ。  隣の部屋が天宮くんなので、ちょっとばかし声を上げたところで気付かれはしないだろう。  桶を廊下に置かせ、先に天宮くんを部屋に入れると、僕も続くように後ろ手に襖を閉める。

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