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夜の習慣

 ラグレイドの作ってくれる食事は、はっきり言ってとてもおいしい。  見た目はやや男料理っぽいおおざっぱさがあるが、味付けがいい。俺が魚や野菜も好きだと知ると、ちゃんと俺の好みを取り入れたメニューにしてくれる。  今日の豆入りの野菜スープも絶品だった。鶏肉の照り焼きもおいしいし、付け合せのピクルスも好きな味だった。 「旨いか?」  夢中になってもぐもぐ食べていたら、いつの間にか正面に腰掛けるラグレイドにじっと見つめられていた。金色の視線が、食べる俺の姿を凝視している。 「ごほっ、ぐほっ、ケホケホケホ」  動揺したらムセてしまった。 「ほら。気を付けてゆっくり食べろ」  黒豹獣人は席を立って俺の背中を撫でてくれる。  それからグラスの水を手渡してくれた。・・・優しい。 「あ、ありがと、・・・・あの、すごくおいしいよ」  そうだ、こういったことはちゃんと感謝をつたえないと。本当にすごく美味しいんだし。 「ラグレイドは料理が上手だね」  自分の席に戻った獣人は、小さく咳払いしつつわずかに視線を彷徨わせた。目元がわずかに朱に染まっているような。 「そうか。たくさん食べろ」  もしかして、照れているのだろうか? ながい黒いしっぽが、椅子の後ろでゆらゆら揺れている。  獣人というのは不思議な人たちだなあと思う。  顔立ちは人と似ている。牙があったり獣耳やしっぽがあったり体毛がすこし濃かったりはするけれど、体格とかもそんなに違わない。生活様式も同じだ。  だけど。  スキンシップは激しい。  食後のお皿を流しへ運ぼうと席を立つと、後ろから抱きつくようにして皿を奪われた。 「俺が運ぶからいい」 「で、でも、わるいし・・・・」 「いいんだ。それよりも、」  ちゅっと耳元に唇を寄せる。それから頬へも。男のソフトな口びるが、俺の頬の肌を撫でるようになぞって、そうして最後に唇を吸われた。  食後はいつもこんな風にキスをされる。  シャワーを済ませ窓辺で夜風にあたっていると、たいてい隣に寄り添ってくる。  「ほら、」と言って、グラスに入ったすっきりとした飲み物を手渡たされた。甘さを控えた果実のジュースだ。そうしてついでのようにそっと、髪の匂いや首筋の匂いを嗅がれる。 「・・・俺、まだ汗臭い?」  思い切ってそう尋ねると、黒豹は金色の瞳を艶めかせ、 「いいや。とてもいい匂いだ」  そう答えてやさしく抱き寄せてくる。 「夜風にあたりすぎるのは良くない。身体が冷えてしまう」  相手の身体からは温かい体熱が伝わってくる。たぶんラグレイドは俺よりも基礎体温が高いのだ。  山に囲まれているこの地域では、昼間はとても暖かで過ごしやすい。だが、夜半になると気温が下がる。  肌寒さを覚える夜は、暖かなベッドで毛布にくるまって眠るのが一番だ。だけど俺達の部屋には、なぜかベッドが一台しかない。 「ほら。おいで」  いつも先にベッドに入って誘ってくるのはラグレイドの方だ。布団をめくり、ベッドに空けた俺のスペースをぽんぽん叩いていざなってくる。 「ほら、そこに立っていたって寒いだろう」 「う、・・・うん」  ベッドサイドには柔らかな灯りを燈す角灯がひとつ。  肘枕で寝そべり、俺のことを見上げる肢体。「男の色気」というパワーワードが脳内に浮かぶ。  ここは二人部屋なのに。  なぜベッドが一台しかないのだろう?  よく分からないけれど最初からなかった。そして一台しかないベッドは、とても広くて寝心地が良い。  俺がおずおずとベッドに上がると、いつものようにすぐに抱き寄せられて腕枕される。引き締まった身体にぴたりと密着する形になる。 「シオは髪がきれいだ」  たいていそんな風に言いながら、髪を撫でてくる。匂いも嗅がれる。  緊張する。  このあとの流れはいつも同じだ。魔力交流をするんだ。 「くち、ひらいて」  低く囁くような掠れ声。  少し体勢を変えられて、両手を握られる。硬くて大きな手だ。スキンシップの為と言うよりは、抑えつけられている感じがする。  同室者同士は魔力の波長が似通っており、魔力交流を行うことで、互いの魔力がより洗練され浄化もされる。それは肉体にも精神にも良い影響をあたえ、良いことずくめなのだから、俺達は毎日魔力交流をしなければならない。  初めの頃はよくそんな理屈を説明された。今はもう説明はいらない。  唇が重なる。食むように、味わうように、ラグレイドの唇が俺の唇をやさしく撫でる。そんな風にされていると、なぜだかだんだん身体の力が抜けてくるんだ。そうしたら今度は肉厚な舌が入りこんでくる。  身体が酩酊する。  濡れた粘膜の触れ合ったところから、甘い魔力が浸透してきて身体の中に広がってゆく。熱を持った分厚い舌が俺の舌に絡み付いて、弄ぶかのように蠢く。  ラグレイドの魔力は俺なんかよりもずっと強くて、尽きることがない。 「・・・・んっ、・・・ゃ、ゆっくりして・・・っ」  俺はこの魔力の翻弄に、すぐについて行けなくなる。入りこむ魔力が多すぎて、溺れた人のようになって喘がねばならなくなるのだ。  怖いと思う。この溢れる魔力の激流が。身体の内が熱くなって、苦しくなって、気持ちがいいのか泣きたいのだか、わけが分からなくなることが。  喘ぎが情けない嗚咽に変わるころ、ようやく唇を解放してもらえる。 「だんだん耐えられるようになってきたな」  ラグレイドは目を細めて俺を見下ろし、扇情的な舌なめずりをする。  確かに、最初のころよりは少しは慣れたのかもしれないけれど。・・・いや、慣れないよ。こんな、暗いベッドの中で密着して深いキスをするのとか。  両手もやっと解放された。抱き込むようにされるのは変わらない。紅い舌がそっと目じりを舐めてくる。それから髪を撫でたり梳かれたりされ。  ・・・・これでやっと眠れる。  魔力を交流すると、たしかに身体が楽になる。同室者の持つ魔力が俺の身体の中に沁みて、ふわふわする。余韻みたいなものだろうか。  ・・・・眠い。  ラグレイドの身体。あったかくて気持ちがいい。それにとてもいい匂いがする。お日様の匂いみたい。さわやかな花の匂いにも似ている。ずっと嗅いでいたいような匂い。  思わず鼻をすり寄せたら、弾力のある豊かな筋肉の感触がした。  黒豹は微かに笑ったのかもしれない。髪にラグレイドの吐息がかかる。  ラグレイドが俺の背中をゆるゆる撫でる。それは俺が寝付くまで続いた。  

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