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番いの関係
目覚めると、今日も俺は獣人の身体に絡み付いて寝ていた。
・・・・よく寝た・・・。
王都で暮らしているときは、俺はもっと眠りが浅くて、夜中に何度も起きてしまうことがあったし、寝起きもすごく悪かった。
ここに来てからは嘘のようによく眠れる。
あんまり気持ちがよくて、隣にいる身体に無意識のうちに手足を絡めてしまうらしい。絡みがいのある身体、というのはあるんだなあと思う。
ラグレイドはまだ眠っているようだ。俯せの姿勢で静かな寝息を立てている。
気付かれないうちに離れなきゃ。俺はそおっとラグレイドの身体に絡めてしまっていた腕をほどいた。
カーテンからは朝のうっすらとした光が洩れる。よく見ると、同室者の夜着のすそや袖が捲れて、隙間から褐色のすべらかな肌が覗いていた。
引き締まった腰。男らしい首筋や腕。うっすらと生えた毛並みが艶やかで、俺はごくりと唾を飲んでいた。眠っているラグレイドの身体に、たまらない色気のようなものを感じた。
撫でてみたい。
光りを反射する美しい毛並みや、強く弾力のありそうな筋肉を。
・・・・寝ている間ならば、ばれないか・・・?
そおっと、俺はその逞しい大きな腕に、自分の手のひらを滑らせてみた。
・・・・・すごい。
かっこいい肉付きだ。
すべすべの毛並みだ。
と、男がぴくりと身じろぎをした。
うそ、やばい。目覚めさせてしまったか?
次の瞬間、ガバリッと黒豹が抱きついてきて押し倒された。
同室者はどうやら寝ぼけているらしい。俺は抱き枕のように抱えられて、いっぱい身体を撫でられた。髪とか肩とか背中とか、腰やおしりや脚なんかもだ。
いっぱいなでなでされまくって、朝からへとへとに疲れてしまった。
同室者との関係、というのはどこもこんなものなのだろうか。
俺は今までずっと、獣人の一人もいない王都で生活してきたから、獣人の同室者とのこういった加減を良く知らない。
獣人はみなこうなのか。ラグレイドだからこうなのか。
「俺は嫁の毛づくろいとかよくしますよ」
同室者との関わりについて、さりげなく尋ねた俺に、事務所で机が隣同士のクタさんは普通な顔をしてそう答えた。
「毛づくろい? そっか、髪を梳いたり整えてあげたりするんだね」
「そうですね。もちろん舌を使って全部の毛をやります」
・・・うーむ。
そうか。獣人世界ではスキンシップ過多が通常なのか。
しかしよくよく聞いてみると、獣人でも様々で淡白な人もいるらしい。適度な距離を取り合う関係や、ころころと相手を変えたがる獣人もなかにはいるのだとか。
だけどあらためて周りを観察すると、仲の良いペアのほうが圧倒的に多い気がする。
食堂でテーブルを同じくするふたり。帰りの道を手を繋いで歩くふたり。性別は関係ないようだ。男×男や、女性同士もよく見かける。密着度はそれぞれだ。
「こちらの世界の者達は『番い』を大切にするんですよ」
「・・・番い?」
「そうです。我々は同室者のことを『番い』と呼んだりするのですよ。魂の惹き合う相手という意味です」
王都にいた時にも、「番い」と呼ばれる関係は存在した。
フェロモン型の合うαとΩのことだったり、魔力波長の合う魔術師同士のことだったりだ。
俺はできそこないのΩだったから、番いなんて一度も持ったことがなかった。
周りの優秀な者達が「番い」を作り、互いに仲睦まじく過ごす姿を、うらやましく思いながら眺めるだけだった。
お互いを誰よりも大切に想い合い、魂が惹かれ合う関係。俺には一生縁のないものだと思いながらも、ずっと憧れて、でも諦めてきた。
「番い・・・・」
想い浮かんだのは、黒髪の男らしい黒豹獣人騎士の姿だった。
今朝も壁際に追い詰められ、ぎゅうと抱き締められて、いってらっしゃいのキスを迫られた。強い力で厚い胸を押し付けられて息苦しかった・・・・。
・・・・強引なところがあって見かけがかなり怖いけど、やさしいところが沢山ある。料理は上手いし、撫でてくれる手は気持ちがいい。それにとってもいい匂いがする。
とたんに、自分の顔面がぼっと音を立てて発熱するのを感じた。
そ、そうか。俺達は「番い」なのか。
「きょ、今日は早く帰ろうかなぁ」
赤面をごまかすように咳をして、俺はそんなふうに独語してみた。
というわけで、仕事後俺はいつもより早く部屋に帰りついていた。
まだラグレイドは帰っていない。はりきって早く帰り過ぎた。
ひとりでいると宿舎の部屋をとても広く感じる。
リビングキッチンと、各自の部屋がひとつずつの合計3部屋。ベッドはラグレイドの部屋のほうに置いてある。
キッチンとかリビングスペースとか、いつもきれいになっているのは、ラグレイドがまめに掃除をしてくれているからだ。朝ごはんや晩ごはんの準備も、ほとんどラグレイドに頼りきりでいる。ラグレイドはこうして先に帰った室内で、掃除をしたり料理をしたりしてくれていたのかな。
窓を開けると、すうっと心地の良い風が入ってきた。
窓からの眺めは素晴らしい。カラフルな建物の続く街並みと、遠くに畑の広がる農耕地、その奥にはなだらかな緑の山並みがある。
風にまじってどこからか美味しそうな料理の匂いが漂ってくる。そろそろ人々が夕飯の準備をする頃だ。
見下ろせば、帰宅を急ぐ獣人たちが路を行き交うすがたが見えた。人が生活している。あの獣人のそれぞれに、帰りを待つ大切な人がいるのかな。
路を歩く人のなかに、買い物袋を抱えて歩く長身の騎士の姿が見えた。
ラグレイドだ。
風が吹くと黒髪が乱れ、整った顔立ちがちらりと覗く。
・・・・かっこいい。
ラグレイドはとても格好良い。客観的に見たら、とても、すごく。
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