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微睡みの中

「おかえり」  そう言って俺が出迎えると、ラグレイドはひどく驚いて俺を見て、そうして若干目元を染めながら、 「・・・・ただいま」  そう返してくれた。  夕飯作りを手伝うことを申し出ると、騎士は動きを止め、俺のことを真面目な顔で凝視して、 「まずは、キスをしてもいいか」  そう問うてくる。  料理の前に、なぜキスを?  よくは分からなかったけれど、迫ってくる圧が凄すぎるので取りあえずうんと頷いた。  キッチンで立ったまましばらく口付けをした。舌が少しだけ絡まって、粘膜で接触するとどうしても互いの魔力が浸透し合う。  呼吸が乱れる前に止めてくれたからよかったけれど、ラグレイドの魔力が入ると俺はどうしても息が上がって、身体がふわふわするから油断がならない。  ラグレイドがしばらく身体を支えてくれたからぐらついたりはしなかったけど。  任されたのは、お鍋の中身をおたまでぐるぐるかき混ぜる役だった。  初めは芋の皮むきや野菜を切る仕事を頼まれたのだけど、たぶん俺があまりにも下手だったから見るに見かねたのかもしれない。  ラグレイドはとても手際がいい。器用だなあと思う。野菜を切るのがとても速くて上手いのだ。  出来上がった料理もやっぱり絶品だった。味も見かけもばっちりな出来だ。  俺は皿に盛り付けるのも手伝ったけれど、途中でポタポタこぼしてしまった。けれどラグレイドは「いいさ」と言って目元を緩める。そうして、「ありがとう」と言ってくれる。  できあがった夕飯を一緒に食べていると、途中で騎士が手を止め俺のことを見るから、どうしたのかなと顔を上げると、 「2人で食べる食事は旨いな」  照れたように小さく微笑う。  ラグレイドはだいたいいつも真顔でいる。表情をあまりおもてに出さないタイプだ。  だけどよく見ると、嬉しい時には目元が緩むし、口角がわずかに上がることもある。今みたいに笑うことも。  見かけほど怖い人ではない。実は情が深い人なのではないかと思う。  食事を終えて片づけた後、やはりいつものようにハグをされた。  目蓋や頬や、おでこや口にも軽いキスをされる。  こうしたハグやキスに最初は戸惑っていたけれど、「番い同士のふれあい」だと考えてみると、しごく真っ当な行為に思える。いつまでも放してくれなかったり、身体をやたら撫でられるのも、そう思ってみると悪いものでは決してない。むしろ、心地がよくて気持ちがいい。  ただし、相手の身体がでかすぎるから、圧迫感はひどいのだけど。  同じベッドで一緒に寝るのも、気温の下がる夜には温かくていいのかも。  魔力交流にはまだ慣れないけれど、かなりの手加減をしてくれていることは分かる。今日はそんなに戸惑うことなく行えた。  口腔粘膜による魔力交流の後は、いつもふわふわと眠くなる。  俺は微睡の中でそっとラグレイドの身体に手を伸ばし、躊躇いがちにすこしだけ抱きついてみた。  かっこいい身体だな。  いい匂いだし、あったかい。どくんどくんと安定した鼓動が聴こえてくる。  ・・・・安心する。  無意識のうちにその胸に、すり、と目じりを擦りつけていた。眠かったんだから仕方がない。  不意に、ラグレイドの呼吸が少し変わった。  どこか震えるような、押し殺したような吐息を吐き出す。  ・・・・? どうしたんだろう。  顔を上げようとしたら、強く胸に抱き込まれた。心なしか、鼓動も早まっているような・・・?  ラグレイドはしばらく俺を抱き締めて、髪に顔を埋めるようにしてじっとしていた。わけが分らないまま、俺も相手の腕の中でじっとした。  やがて腕の力が緩んで、ほっとするのもつかの間、今度は首筋にキスが降りはじめた。  手加減されてはいるけれど、音を立てて吸われたり、耳をべろりと舐められたりする。キスが止まる気配がない。相手の急な変化に戸惑ってしまう。  くすぐったさに身を捩ったら、脚に脚を絡められた。まるで逃がすまいと抑え込まれているような。こんなふうにしなくても、どうせ俺は非力だし、逃げたりなんかしないのに。    気が付くと太腿のあたりに、熱くて硬いものが夜着ごし触れていた。  相手の身体の一部分のようだ、けど。  ・・・・いや、まさか。 「・・・・シオ、」  切なげに名前を呼ばれた。  首回りへの際限ないキス。時おり頬や首筋に、相手の黒髪や吐息が触れる。金の瞳がいつもよりも熱っぽく俺を見る。  どう反応を返せばいいのか。分からない。勝手につられて呼吸が上がる。目がどうしても潤んでしまう。  俺の背を撫でていた手がいつの間にか移動して、夜着の襟もとにふれてくる。  なぜなんだろう? そんな疑問がぐるぐる回る。  なぜラグレイドは勃っているんだ。  啄ばむキスを受けながら、うろうろと視線を彷徨わせていたら、ボタンをそっと摘まれた。  形の良い長い指が、ぷちんとゆっくりボタンを外す。それから、もう一つ下のボタンも。そのまた一つ下のボタンも。 「・・・・っ」  広げられた胸もとに外気が触れて、心もとさに戸惑ってしまう。  こんな風にして、ラグレイドはいったい何をするんだろう。  抑え込まれたままなす術も無く見つめる俺を、獣人はどこか困ったように見下ろして、それから俺の肌に視線を落とす。  胸もとに熱くて苦しげな吐息がかかって、そうして、熱くぬめる大きな舌がヌラリと胸部を舐めあげた。 「・・・・っ」  息を飲んだ。  肌の上をなぞる様に動く舌の動き。否応なく、呼吸や肩が反応する。  身体が変。気持ちがいい、のかもしれない。  ラグレイドの身体も興奮している。欲望の部分が今やはっきりと存在が分かる。  ・・・・これは・・・。  この行為は、なんて呼んだらいいんだろう。これも番い同志のスキンシップ?  ベロンと乳首を舐められると、ビクッと勝手に身体が跳ねた。 「・・・・っ、」  執拗に乳首を舐められる。たまに吸ったり甘噛みされる。俺はそのたびにビクビクと肩を跳ねさせて、呼吸が上がって身体が熱くて、  「ぃ、ぃやぁっ・・・、こっ、・・・こわいよぅ・・・っ」  気が付くと涙が零れていた。身体も強張って震えてしまう。  だって、こんなの経験ないし。どうしたらいいのか知らないし。  ラグレイドはハッと動きを止めて、それから慌てたように俺の身体の上から退いた。  すぐに清潔なタオルを持ってきて、そっと涙を拭ってくれる。胸のボタンも留めてくれた。 「・・・悪かった」  ボタンを留めてくれながら騎士がつぶやく。     俺はできそこないのΩで、誰かと褥を共にする経験が一度もなかった。  まわりのΩが発情し、意中のαを次々と夢中にさせる中、俺にはΩらしい身体の変化がちっとも訪れずひとり取り残されていった。  ただ、経験はまったくないけれど、知識でだけなら「番い」達が何をするのか知っていた。発情期に支配されたΩやαが、獣のように我を無くし浅ましく互いを求める姿を、何度か目にすることがあった。  自分もあのような姿になるのか。命を孕んだりもするのだろうか?  「番い」という存在に憧れはしながらも、抱いていたのは「恐れ」だったのかもしれない。  いや、本当に怖いのは、Ωとして目覚めた先の獣のような己のすがたか。  天井を見つめてぼんやりとしていたら、黒豹獣人がいつの間にかベッド脇の床に跪き、じっと俺のことを見つめていた。しっとりと濡れた黒髪からは石鹸の匂いがする。頭を冷やしてくると言って、シャワーを浴びに行ったのだったか。  そういえば俺は真ん中で寝ていた。もっと端に寄らないといけない。のろのろと起き上がって移動しようとしたら、    ・・・・何もしないから。  黒豹の青年は縋るような眼差しで俺を見る。 「今まで通り、一緒に寝てもいいだろうか」  床に跪いたまま、祈るような視線を向けてくる。  俺達は薄闇のベッドの中で、再び一緒に横になった。  だけどラグレイドの身体は遠慮がちに離れていて、俺の身体に触れてこない。お互い息を潜めるようにして、無理矢理目を閉じ眠りが訪れるのを待つ。  俺のこと、怖がらないでくれ  たゆたうような微睡みのなか。つぶやく声が聴こえた気がして、俺は眠りの淵からうっすらと浮上した。  隣で眠っているはずの同室者からは、押し殺した気配しか伝わってこない。体熱もぬくもりも呼吸も、なにも感じられない。  心細くて、俺はそっと手のひらを、シーツを辿るようにして移動させた。そうしてラグレイドの手を探し当てると、そこに自分の手のひらをそっと重ねた。  大きくて硬くて逞しい。あたたかい手だ。  繋いでいたい。  そう伝えると、しっかりと握り返された。      

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