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分類される
今日は午後から、騎士団闘技場にて、騎士らによる攻撃演習があるという。
「さぁ。見に行きましょう!」
当然のように隣の席のクタさんが、机の上を片づけて立ち上がった。
「え? 見に行くんですか?」
「そうですよ。見ごたえがあって面白いですよ」
見渡せば、他の職員さん達も仕事をたたんで席を立つ。みんな攻撃演習を見物しに行く気満々だ。
「え、でも仕事が」
「大丈夫大丈夫。僕が留守番してるから、みんな行っておいで~」
眠たげなウシ獣人の所長さんが、そう言って手をひらひらとさせてあくびする。
獣人の世界の人たちは、ずいぶんのんびりしているものだ。こんな風に仕事を放って、騎士団見物だなんていいんだろうか。
騎士団施設の大きな門には、仕事途中で見物に来たといった風情の獣人たちが他にも大勢つめかけていた。みな楽しげにぞろぞろと敷地内へ入ってゆく。
うーむ。これは、ちょっとしたお祭りのようなものなのかな。
獣人騎士らの姿は雄々しい。
馬や鳥翼竜を乗りこなし、動きはダイナミックでのびのびとして、狙った場所に正確に攻撃を討ってゆく。
闘技場には所々に目標の的が設けられていて、見事攻撃が当たれば花火が打ちあがる。次々と上がる花火に見物客からはどっと歓声があがる。
俺は人々のあいだから演習の様子を眺めつつ、ラグレイドの姿を探していた。
黒髪に浅黒い肌の立派な騎士。すぐに見つけることができた。ラグレイドは第3部隊に所属しているようだ。
「次は漆黒の騎士が出るぞ」
周りが興奮気味に噂を始める。
「おっかない黒豹副隊長の技は見ものだな」「あんな猛獣に睨まれたら、俺ならおしっこちびっちまうよ!」
ラグレイドの攻撃術は他の騎士よりも格段に威力があって的確だった。的に当たるたびに爆風が起こり花火が消し飛ぶ勢いだ。他の騎士が外した的も、すかさずラグレイドが打ち抜くことで、失敗だと周りには気付かせない。
堂々として凛々しく、爆煙のなかにあってもぶれることない。俺は目を奪われっぱなしだった。
ただ、周りの市民からしてみたら、猛獣味の強い外見や凄味のある眼力、滲み出る魔力の威圧感は、恐ろしいものとして映るのかもしれない。俺も最初の頃は見かけや雰囲気が怖いと思っていた。
本当はやさしくて、穏やかに頬をゆるめたりもするし、料理も上手で、俺が失敗しても全然怒らない。気付かないうちに掃除や洗濯とかかやっておいてくれるし、朝は俺より一時間も早く出勤する。きっとたくさん努力をしている騎士なんだ。
爆煙が風に収まると、たくさんの歓声が巻き起こった。どうやら演習はこれでお終いのようだ。
熱い声援や拍手から、この街の騎士団が市民に愛されているのだと分る。
ラグレイドは大勢の騎士らのなかでは、控えめな立ち位置にいるようだ。派手に観客に手を振り返し、笑顔を振りまく騎士が多い中、後方で片づけを手伝う作業をし、それから制服の埃を払い、乱れた髪を掻き上げる。
そうして不意に、こちらの方へと視線を向けた。
金色の瞳とばっちり目が合った。かなり離れた距離だったし、俺は大勢の見物客の中に紛れて立っていたんだけど、ラグレイドが真っ直ぐに俺を見ているのだと分かった。
先程まで真剣味を帯び殺伐としていた眼差しが、ふっと切なげに緩んだから。
いつから気付いていたんだろう。俺がここから見てたこと。
目が離せない。ドキドキする。いつも同じ部屋で共に過ごし、一緒のベッドで眠っている人が、立派な騎士の姿をして、ただ真っ直ぐに俺だけを見る。
・・・・シオ。
容の良い唇が、そんなふうに動いた気がして。ぼぼぼぼっと、自分が赤面するのを自覚した。
演習終了とともに動き出した見物客の波に押されて、俺はようやく視線を解かれた。
人の流れに流されるようにして、いつの間にか騎士団敷地の外へ出ていた。
「どうです? すごかったでしょ?」
いつの間に隣りにやって来たのか、歩きながら誇らしげにクタさんが言う。
「はい。とても。すごかったです」
騎士として働くラグレイドの姿は、とても格好良かった。すごく優秀な騎士なのだと分かった。なんだか誇らしげな気分になる。
仕事を片づけ、終鈴が鳴るのを待ちながら今晩のごはんのことなど考えていたら、
「あしたは僕はお休みですので、どうぞよろしく」
とクタさんが言う。
「へえ、何かご用事ですか?」
「いや。どうやら子どもを授かったようなので、診察に」
「わあ、おめでとうございます。明日は奥さんの付添ですね」
「いえ。僕がです」
「え?」
「妊娠したのは僕の方です。僕はΩ体質なので」
「・・・・」
獣人達の世界にも、Ωだとかαやβなんていう、性の分類があるという。
それまでまったく知らずにいた。
「男の同室者同士でも、結婚したり子供ができたりするんですよ」
そんなふうにさらりと説明をされたって、ちょっと思考が追い付かない。
「じゃ、じゃあ、クタさんの奥さんは、」
「男です」
・・・・知らなかった。勝手に猫の可愛いお嫁さんを想像していたよ。
「あなたは何体質なのですか? 人間にも第二の性分類はあるのでしょう?」
それを聞かれると、俺は途端に答えづらくなる。
こんな分類分けなんて、人だけのものだったら良かったのに。どうして何処へ行ったって、分類されてしまうのだろう。
「俺は、べ、βです」
「そうですか。βは一番安定していてよいですね。Ωなんて、発情期の時には大変ですから」
そのあとの会話はよく憶えていない。
ぼんやりとしながら職場を出た。
俺はこっちの世界にいても、できそこないのΩなのだ。
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