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誓ってほしい
βだったら良かったのに。
そんなふうに思うことが、何度も何度も過去にあった。Ωとして期待され、応えられないことが苦しかった。王都ではΩは貴重な性だった。Ωから産まれた子は優秀な魔術師になると言われる。
クタさんに嘘をついてしまったなあ。
帰りの道を歩きながらちょっとだけ落ち込んだ。
どうして俺はΩなんだろう。しかも「機能不全」だなんて。
ただの男じゃ駄目なのかな。
落ちこぼれ。出来そこない。過去の自分は陰でそんなふうに呼ばれていた。獣人地区へ来たら、もうそんなのとは無関係に生きられると思っていたのに。
ラグレイドには俺についての情報がどれくらい伝わっているのだろう。同室者にはある程度相手の基本情報が伝えられるものだけど。
俺が「機能不全」のΩだと、知っているのだろうか。
いつの間にか辺りには夜のとばりが落ちていた。
首元から入り込む風が冷たくて身震いする。考え事をしながら歩いていたせいで、曲がるべき道を間違えたらしかった。気付けば俺は街中で迷子になっていた。
どっちの道を行けば帰れるのだったか。右だろうか、左だろうか。宿舎のある通りはたしか5丁目で、いまこの場所はどこだろう。同じような建物の群れ。洩れてくる知らない家庭の知らない灯り。
頼りなく燈る外灯の下で、ぼんやりと立ち尽くし途方に暮れていたら、
「シオ!」
通りの奥の暗闇の中から、金色に光る2つの瞳が見えた。
名を呼ばれたと思ったら、次の瞬間にはもう目の前にラグレイドがいた。
「シオ、」
大柄な獣人の身体は、走ってきたのにほとんど息を切らせていない。暗い中で俺のことを見つけることができたのも、身体能力が高いからだ。
その大きくて強い手が、遠慮がちに両肩にふれてくる。
「・・・・どうして。なぜ、帰ってこないんだ」
怒らせてしまっただろうかと思ったのだけど。外灯の下で黒騎士は、ひどく辛そうな顔をする。迷子になったのは俺の方なのに。
「・・・ごめん。俺、迷子になってて」
「・・・・迷子、」
「うん」
「・・・・」
ラグレイドは俺の身体を引き寄せて、そっとその腕に包み込んだ。
騎士の身体はいつもより少し冷えていた。もしかして、ずっと外で待っていてくれたのかな。俺のことを探してくれていたのだろうか。
「帰ろう」
囁く声。
抱き込んでくる身体からは、微かな震えが伝わってくる。
「・・・寒いの?」
俺が尋ねると、「寒くない」と騎士が答える。
騎士はしばらく俺を抱いていて、それから俺の手を握り歩き出す。
夜の道を黙々と歩いた。
繋ぐ手の力が少し強い。確かな足取りで、しっかりと俺の手を引いていく。
部屋に辿り着くとほっとした。
引っ越してきてまだ日は浅いけれど、この部屋に戻るとほっとする。
明るいテーブルの上には、晩ごはんの準備が揃えられていた。ラグレイドが用意してくれたものだ。
俺はきっとすごく心配をかけてしまった。迷惑もかけてしまった。
「心配をかけて、ごめんなさい」
食事の席に着く前に、改めて謝っておこうと思った。
「俺、考え事をして歩いてて、そうしたら道に迷ってしまって、」
すると騎士も手を止めて俺を見る。
「・・・・考え事とは、いったい何を・・・?」
ラグレイドには嘘を吐きたくない。ちゃんと本当のことを言わないと。
「実は俺、Ω体質で、だけど機能不全だからΩとしては役立たずで」
「うん、」
「それで、ΩだけどもうΩじゃないというか、」
「うん、」
「えっと、それで、」
・・・・あれ、あとは何を言おうとしていたんだっけ。
「大丈夫だ」
「え、」
「シオがΩでも何者でも、俺は全然かまわない」
ラグレイドは優しい。すごく優しい。
ごはんも美味しい。お魚の煮つけと葉野菜の和え物がある。デザートはアップルカスタードパイだった。これはケーキ屋で買ったのだという。
美味しくて、しあわせで、思わず頬が緩んでしまう。なぜだか視界がじわじわ滲んで、ぽたりと雫が零れてしまう。
ラグレイドは間抜けな俺の食事姿を見ても呆れたりせず、一緒にいっぱい食べてくれた。そうしてたまに、とても綺麗な瞳で俺を見つめる。
シャワー後のくつろぎの時間は、リビングの窓際にある一人掛けソファにそれぞれ腰掛け、おのおの好きな本など読んで過ごす。最近はこうして同じ空間で過ごすことが増えた。
ラグレイドの男らしい身体が立ち歩くさまを見るのが好きだし、一緒にいた方が落ち着くような気がする。
俺が眠気にうとうとすると、ラグレイドはリビングの灯りを落とし「寝室に行こう」と
促してくれる。
ふたりして寝室の大きなベッドに上がり込んむ。毛布に潜り込もうとしたら、
「シオ」
ラグレイドが真っ直ぐな瞳で俺を見ていた。
「・・・・誓ってくれないか」
じっと見つめる眼差しは、怖いくらいに真剣だった。
「毎日ここへ帰ってくると。いなくなったりしないと。・・・誓ってほしい」
立派な黒豹の獣人で、高い魔力を難なく使う優秀な騎士で。真っ黒の髪に浅黒い肌、滲み出る威圧に誰もが一瞬慄くけれど、本当はこんな表情をする。
切なく、求めるような。縋るような眼差しで俺のことを見つめる。
「・・・・毎日ちゃんと帰ってくるし、いなくならない」
俺がそう答えたら、騎士は美しい瞳を眇め、俺のほうへと間合いを詰めた。
キスしていいか。
掠れた声で問うてくる。
唇はすでに、触れそうな位置まで接近している。金色の視線はもう、俺の瞳と唇を交互に捕えて離さない。
いいよ。
俺が答えると、ゆっくりと啄ばみが始まった。どこか遠慮がちに抱き込まれる。
薄暗い寝室の中に、微かな衣擦れの音と、小さなリップ音が零れ始める。
絡まった舌からは互いの魔力が行き来して、吐息が漏れるのを止められない。いつもよりも流し込まれる魔力が少ないのは、俺に遠慮をしているからか。
「いいよ。もっと、流して・・・」
魔力交流にもだいぶ慣れてきたのだし、そんなに手加減しなくていい。
そう思って、自ら相手の首に両腕をまわし、舌を伸ばしてさらなる接触をねだったら、体重を掛けて圧し掛かられた。シーツの上にゆっくりと仰向けに押し倒された。
息つく間を失った。ラグレイドの魔力がどんどん入り込んでくる。溢れそうな魔力に溺れそうになって喘ぐけれど、熱い舌は容赦がなかった。大人しく手加減されておけば良かったのかもしれない。身体が熱くて焦げそうだ。
「んんっ、あつ、い・・・・っ」
籠る熱を発散したくて、はあはあと激しく呼吸した。それでもちっとも追いつかなくて、俺はもがくようにして自分の夜着のボタンを外した。
気が付くと口腔接触は止んでいて、ラグレイドが熱に浮かされたような目で俺のことを見下ろしていた。
「・・・・シオ、」
押し殺したような呼吸が荒い。なんだか苦しそうだ。
「・・・・舐めたい・・・」
はだけた俺の胸もとを見据える。
どうしてなんだ。
こんな胸を舐めたいなんて。まっ平らで面白味のない身体なのに。フェロモンも出さない、出来そこないのΩなのに。
俺が答えられないでいると、
「舐めるだけだから」
囁きながらそっと舌を這わせてくる。
結局シャツを全部剥ぎ取られ、胸元だけじゃなく、腹や脇や背中にまで紅い舌が這いまわった。
「俺、美味しくないのにっ」
呼吸の合間にそうもがいても、
「美味しいよ。シオの身体はどこもうまいし、いい匂いがする」
ラグレイドはうっとりと俺の匂いを嗅ぎ、舐めまわしながらそう答える。
俺は自分の身体からいい匂いがするだなんて言われたことは初めてで、思わず自分で自分の匂いを嗅いでみたけれど、自分ではよく分らなかった。
「ここも舐めたい」そう言われ、下衣もすべて剥ぎ取られた。
ラグレイドは本当に夢中になって俺の身体を舐めまわし、途中からは俺はもうわけが分らなくなって、ラグレイドの黒髪に指をさし入れて腰を揺らしながら、悲鳴のような喘ぎを上げていたかもしれない。だって、他人にされるのは初めてだったし、熱く濡れて絡み付いてくる舌が堪えられないくらい気持ち良かったから。
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