ふわり 金の髪が頬に落ちた。 深い海の色の目が、ゆっくり俺に迫ってくる。 (キスされる) 背中に感じた土の匂い。 がっしり、逞しい腕と体躯でホールドされて身動きできない。 髪が首筋にかかって、くすぐったい。 俺、キスされるんだ…… きゅっと瞼を閉じる。 ………閉じたけれど、あれ？ 幾ら待っても、口づけが降りてこない。 (そのっ) べ、別にっ、キスしてほしい訳じゃないからな。 でも。シチュエーションからいって、キスしないの、おかしいだろ。 開いた視界に、深海の蒼い目が飛び込んだ。 「名前は？」 「えっ？」 「お前の名前を知りたい」 「……春翔(はると)、だけど」 「春翔」 ふわりと、そよ風の囁きが耳朶に吹いた。 「いい名前だな」 ドキンッ 心臓が脈打った。 俺、きっと顔が真っ赤だ。 「お前が春翔で良かった。『治』や『修治』だったら、殴ってたかもしれないゼェ？」 「なんだよ、それ」 「アァン？分かるだろ、お前なら」 うん。 (『治』は太宰先生のペンネームで、『修治』が本名だよね) 「分かるからムカつく。お前の中には……」 左胸に耳をそっと当てる。 「クソ太宰がいるんだろ」 艶っぽい声で、耳元をくすぐられた。 「だから余計に、春翔……お前を独占したい」 聞こえてたらどうしよう。 心臓がドキドキする。 俺の左胸。心臓の筋肉を破ってしまいそうな位、ものすごい勢いで血が脈打ってる。 「お前が封印を解いた。クソ太宰の掛けやがった封印をな」 「でも俺、なんにもしてない」 「解いたんだ。愛するものを捨てるという封印の《鍵》を、お前は開けた」 愛するもの、って…… 俺は何もしていない。した事といえば、原稿を破いて流しただけ。 (あっ) 俺の『愛するもの』って、俺自身の書いた作品。 それを川に投げ捨てた事で、メロスの封印が解けたんだ。 「封印を解いたせいで、お前は愛するものを失った」 だから……… チュッ 瞼に落とされたのは、あたたかな唇だった。 「俺だけを見ろ」 体温が心地良い。 「俺がお前を愛する」 俺の頬は、節張った大きな両手に包まれている。 「愛するものを失ったお前は、俺を愛せ」 これからは…… 「俺が、お前の失ったものになる」 これからは、ずっと…… 「お前が俺の伴侶だ」 軽く口にできない、大切な存在。 なにものにも替え難い、かけがえのない存在。 (メロスは俺を……) 伴侶に選んだ。 深い深い海の蒼に、俺は吸い込まれている。猛々しい海流のように、俺の意識を引き寄せて翻弄する。 それでいて…… 俺を包む手は、硝子細工に触れるかのように繊細で、ひどく優しい。 俺はその広い背中に、そうっと手を回した。 こんなにも近くで、体が密着してる。 (………………体が密着～) ちょっとーっ！ ソレっ。 固いヤツ、当たってるーっ！ しかもっ、また大きくなってるじゃいかー！ 「なんなんだよーっ！」 せっかく、いい雰囲気だったのに。 なんで、今。 このタイミングで。 雄の欲望を膨らませるんだ～★