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第5話
個人授業のときに気付いたが、柿本は大人しい性格だけど、暗いというより寡黙 なだけで。独りが好きでも、周囲の生徒から嫌われてはいない。
それに、立ち上がった柿本の全身を改めて眺めると……やはり外観も悪くない。顔立ちは整っているし、スタイルも良い。
むしろ明るく騒ぐ男子を避ける女子生徒からは慕われるだろう。
(そんなこいつが、自分なんかを恋愛対象として好きになる訳無いだろう)
「なぁ、柿本」
取り敢えず相手を落ち着かせようと、教師の口調に戻して呼び掛ける。
「もしかして、きみもさ、誰でもいい、なんて思ってるんじゃないのか? きみがただ……こんな事をしたいなら、他の相手を見つけなよ」
この状況の戸惑いを隠して、穏やかに諭すが。
「他の相手? どこで見つかんの、そんなの」
また柿本はじろりと睨み付けてきた。でもそれは、さっきの強要する視線とは違う。
なんだろう、個人授業のときも向けられたな、こんな視線。
例えば、これは難しすぎる問題、というときに。
「それは……きみの年齢だと、まだ難しいかも知れないが……これから社会に出れば、色々な人達が居るから……その中から見つければ大丈夫だろう」
「いま見つかったから、いまやったら駄目なの」
また話が噛み合わない。なんだか偏差値の高い大学を夢見る成績が悪い生徒への、進路指導のようなやり取りになってきたな……その指導する教師は、未だに椅子に縛り付けられているが。
(仕方ない。また自分の本心を、柿本という人間にぶつけるか)
西辻は瞳を閉じてため息を吐くと、
「自分は柿本を、生徒のひとり、としか思えないし。だからこういう事をされても、気持ち良くはならない」
きっぱりと告げたが。柿本の声は何も返してこない。
怒っているのか? 殴りつけてでもくるか? そう怯えながらも、西辻がゆっくり瞳を開くと。
柿本の表情は、じっと何かを考え込んでいた。この雰囲気は覚えがある。個人授業のときも、柿本はこんな風に、真剣に西辻からの指導を受けていた。
(本当に……こいつ……本気で、自分を、好きなのか?)
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