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8章【月下美人と彼岸花】
「ほら、シエル起きて」
「んん…」
早く起きたのだが、結局あの後シエルは寝てしまって、目が覚めたのは、もう正午を回った頃だった。
部屋のテーブルには、エルヴィドが使用人に頼んだのか、湯気の立つ出来立てのパスタが用意されていた。
「冷めないうちに食べようか。こっちにおいで」
シエルがエルヴィドの首に手を回すと、エルヴィドは流れるような仕草でシエルを抱き上げ、ダイニングテーブルまで移動した。
「やっと少し肉がついたかな?でも、まだ軽すぎるし、ちゃんとご飯食べようね」
「うぅ……。軽くないよ…」
「文句垂れてないで食べる!ちゃんと食べなくちゃ、体力だってなくなるよ?」
「………っ!!」
エルヴィドの言葉に、シエルはご飯を喉に通していなかった時期にアルベールに『体力ねぇな』と言われたことを思い出した。
思い返せば、何も口にしていないあの頃が、一番気を失うまでの時間が早かった気もする。
自分の体力がなかったのはそのせいだったのかと、シエルはエルヴィドからフォークを奪い取って、自らパスタを口に入れた。
「シエル、いい子だね。
………あ、ちょっと待ってて。客人が来たみたいだ」
「………お客さん?」
「あ、ヴィクトリアじゃないからね?今日はちょっと、昼から商談があってね…。きっとその取引相手だよ」
エルヴィドは使用人が扉を叩く音に返事し、シエルを膝から降ろして部屋から出て行った。
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