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その⑧挨拶をしましょう

5時30分。目覚ましのアラーム音が鳴り、眠たい目を擦りながら信之助は起きた。くわっとあくびをして、のそりと布団から起き上がる。 音をたてないように障子を開けて、ペタペタと静かな足音をたてて廊下を歩く。そして向かったのはキッチンだった。 昨日のうちにキッチンの場所を聞き出していた信之助が最初に向かったのは、ででんと置かれている冷蔵庫。冷蔵庫の中を確認して、少々呆れる。 呆れながら、必要な物をパパッと取り出した。卵9個に、豆腐を3丁とお味噌。冷凍庫の中も一応確認したが、信之助が期待しているものはなくすぐに閉めた。 それから、フライパンと片手鍋とその他もろもろを探し出して。 「うっし。やるか」 もう1度、大きなあくびをして片手鍋に水を入れた。 「んー、乾燥ワカメとかねぇかなって、あるし。砂糖はっと、んーすくねぇな。よし、出汁があるみたいだしだし巻きにすっか」 卵を3つずつ、3つのお椀に割り入れ溶きほぐす。その間に、キッチンの戸棚を適当に見て使えそうなものを探す。それで見つけた、乾燥ワカメと砂糖、出汁を取り出す。 取り出した砂糖を溶いた卵の中に入れ、出汁も適量入れる。残った出汁は、片手鍋にいれた。本当は鰹節を入れたかったが、この際出汁で我慢することにした。 「これで鮭があれば、俺は満足なんだけどなぁ。ここの奴等、料理とかしねーのかな」 材料はそこそこあったが、フライパンや片手鍋などはあまり使われている感じがなかった。俺がここに来たからには、少しでもさせようかなとフライパンで卵を焼きながら考えていた信之助の耳にキッチンの戸が開く音がした。 信之助が後ろを向けば、驚いた表情を浮かべた藤四郎がいた。 「おはよー、藤四郎」 「お、おはようございます」 「朝ごはん勝手に作ってるけど、よかった?って、米の準備してない!!」 「別にいいですけど。ちなみに、炊飯器はないです」 「は?」 「ここでは、ご飯を炊くときは土鍋でやるんですよ。本当たまになんですけど。だから炊飯器は買ってなくて、」 「じゃあ藤四郎、お前炊いて。俺土鍋で炊いたことないから分かんないし、今だし巻きと味噌汁作るのに忙しいから」 信之助の勢いに負け、藤四郎は慌てて土鍋の準備をした。 2人で朝ごはんの準備をしていると、信之助の「米の準備してない!!」の声に起きた皆がぞろぞろと起きてきた。 「結構起きてきたな。そだ、この屋敷何人ぐらい住んでんの?足りるかな。卵焼きとか、味噌汁」 「大丈夫でしょう。朝飯を食べない人もいますし。組長は、コーヒーだけで済ませますね」 「……………あいつ起こしてくるから、味噌汁頼んだ」 「その必要はないですよ、ポチ」 「組長、起きてらしたんですか?」 いつもはまだ寝てるのにとボソリと呟いた藤四郎の足を踏みつけた佐久良が、おたまを片手に持った信之助に近づいて、そっと頬に手を添えた。 「おはようございます、ポチ」 「ん。おはよう」 信之助に朝の挨拶をした佐久良は、当たり前のように額にそっとキスをした。

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