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その⑩ただいまを言ってあげましょう

信之助が秋島組の屋敷に来て1週間が経った。最初の頃は、よそよそしく信之助に接していた組員が今では自分達の仲間だと言うように接していた。 そりゃあ毎日飯の世話をしてもらい、部屋の片付けもしてもらったらほだされるのも無理はない。信之助のことを兄貴と呼ぶ者まで現れた。 いまだにTシャツとエロいパンツ生活だが、周りのおかげで信之助の毎日は充実していた。 そんなある日、晩ごはんの片付けを藤四郎としていた時に信之助が思い出したように呟いた。 「藤四郎。今日もあいつ帰ってこねーの?」 「組長ですか?………まぁ、そうですね」 「4日も帰って来てねーじゃん。大丈夫なの?」 「………大丈夫ですよ、あの人なら」 少し寂しそうに笑う藤四郎に信之助は引っ掛かったが、何となく聞けなかった。いや、聞いてはいけない気がした。 今では兄貴と呼んでくれる人まで現れて慕われているが、まだ1週間だ。人と人との関係は時間じゃないとは思うが、佐久良や藤四郎が身をおいている世界はそうではないと信之助も分かっている。 「そっか。でも、今日帰ってくるかもしれねーから夜食でも作っとこう」 「信之助さん、」 「藤四郎も手伝えよ。それで、メールでもいれとけ」 「――――――はい、」 藤四郎が笑みを浮かべたのを確認して、そっと背中を叩いてやった。 そんなことがあった日の夜。廊下を歩く誰かの足音に、信之助はふと目を覚ました。ゆっくりと起き上がり、障子に近づいて音をたてないように開けた。 「…………ぽち、」 廊下を歩いていた人物は、佐久良だった。4日ぶりに聞いた声は、疲れを滲ませていて。 「大丈夫か?」 去ろうとする佐久良の腕をつかんで、そう声をかけていた。佐久良のことだから、大丈夫と返ってくると分かっていた。でも、聞かずにはいられなかった。 「大丈夫です。ポチが心配することは何もないですから」 少しだけ距離が遠ざかった気がした。物理的な距離じゃなくて、精神的な距離を。それがちょっとだけ信之助は寂しく感じたが、しょうがないと心の奥にその寂しさを隠す。 「そっか。なら、何も聞かない。でもこれだけは言わせろ」 「ポチ?」 「お帰り、佐久良」 その時、信之助が初めて佐久良の名前を呼んだ。いつもなら、あいつとかお前と呼ぶのに。それを佐久良も気づいていて。 「――――――ただいま、ポチ」 信之助の名前を呼びはしなかった。でも、泣きそうな声で佐久良がポチと呼んだのを信之助は気づいていた。

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