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その50プロポーズをしましょう
「うぇーい!もっとおらぁ、のむじょ~!!」
佐久良が組員の元から元の場所へ戻ってきた時には、信之助はこんな状態だった。禁酒中に酒を飲み、いろいろと我慢していた欲求が爆発してのこれだ。隣にいる誠太郎も信之助同様酔っぱらっていて、2人で肩を組んでは楽しそうにはしゃいでいた。
信之助が酔った姿も、誠太郎が酔った姿も見るのが初めてだった佐久良は必死で笑いをこらえた。
少し離れた場所で酒を飲んでいた柊が、誠太郎の状態に気づいたらしい。あんま周りに情けない姿を見せるなと怒りながら、誠太郎を引っ張っていった。
一緒に騒いでいたはずの誠太郎がいなくなった。だからと、酔っぱらい信之助は佐久良に絡み始めた。
「よーぅ、しゃくら。いっぱいおれと、のまにゃい?」
「いえ、俺はもう飲んだんで……ふふっ」
「にゃにわらってんだよぉー」
佐久良が笑っていることが気に入らないのか、プクリと頬を膨らませた。それがまた可愛すぎて。悪戯で、膨らんだ頬を指でつつけば、信之助が楽しそうに笑い声をあげた。
「しゃくらぁ。くしゅぐってぇよ!」
「ポチが可愛すぎるのが悪いんです」
酔った信之助は、35歳には見えないぐらい幼くなる。それが佐久良には可愛く見えるのだ。他の人からすれば、ただのうざい酔っぱらいのおっさんなんだが。これが、惚れた弱味というやつだと信之助を見ながら佐久良は思っていた。
信之助のやることすべてが可愛く見えて、そして誰にも見せたくないし渡したくなくて。
「そうだ、ポチ。俺もポチにプレゼントを用意したんですよ」
酔っている信之助とじゃれていた佐久良は、思い出したようにポケットの中からあるものを取り出した。それは、誰でも見れば分かるであろうプロポーズに使う時のあれ。指輪を入れる箱。
それを開いて中の指輪を取ると、信之助の指にそっとはめた。もちろん、左手の薬指だ。
「ポチ。この指輪は俺の気持ちです。だから、俺と結婚してください。そして、この指輪を受け取ってください」
信之助に満面の笑みを見せながら、普通にプロポーズをしていた。信之助が酔っているのにだ。だからこそ佐久良は、酔っている信之助にプロポーズをした。
「んー、いいよぉ!」
そう。これを待っていたのだ。酔っている信之助が、よく分からずにいいよと言うのを。
信之助の口から希望する答えが聞けたのを確認すると、佐久良はもう片方のポケットからボイスレコーダーを取るとボタンを押した。
「これで、証拠も録音しましたからね。ポチ」
この時の佐久良の笑みは、まるで悪魔のようだったとたまたま見ていた秋島組の組員が語っていた。
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