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その62少し感動させてやりましょう

浮かれ気味の佐久良に手を引かれながら、信之助はゆっくりと歩いていた。正直な話、式場とか見に行きたくはない。佐久良のプロポーズを受けたのは酔った勢いだった。それに、自分と佐久良が結婚して幸せになれるとは思えなかった。 佐久良はまだ若い。自分はもう35歳のおっさんだから、結婚とか正直もう期待はしていない。でも、佐久良は違うのだ。 ヤクザではあるが、顔は整っている。イケメンであり、美形だ。こうして一緒に歩いていても、女は皆佐久良を見ては頬を染める。 断ろう。断ろう。そう思うが、信之助は口には出せなかった。自分の手を引いて歩いている佐久良の背中は、何故か嬉しそうに見えたのだ。 「佐久良」 「何ですか、ポチ」 「お前さ、本当に俺と結婚すんの?」 「しますよ。だから俺、式場探してるんですから」 ふわりとした笑みを浮かべる佐久良を見て、信之助はほんの少しだけ心が痛んだ。 それから佐久良と信之助の間に会話という会話はなかった。信之助は下を向いていて、佐久良はただ前を向いていた。 そして、目的地に着いたらしい。佐久良がピタリと歩くのをやめた。 「ポチ。ここですよ、ここ。男同士の結婚式もやってくれる式場は」 着いたのは、こじんまりとした小さな教会を模した建物。その建物の中に、佐久良は迷わず入っていく。信之助はそれに着いていくしかない。 「………けっこう本格的だな」 「式場に本格的とかあるんですか?」 「いや、俺は1回も使ったことねぇし。つか、人いなくね?」 信之助が建物の中をキョロキョロと見回すが、どうも働いている人らがいない。小さくても式場だったら、誰かしらいるはずだ。 「ちょっとコネを使って、2人きりにしてもらったんです」 信之助は意味が分からなかった。コネを使って2人きりにしてもらったって。今日はただ、式場を探しに来ただけだと思っていた。でも、佐久良にとっては式場を探しにきただけじゃないらしい。 「ほら、ポチ。ここで結婚式を挙げましょうね」 「―――――ふぁ、」 変な声が出てしまった。でも、何て言っていいか分からないぐらいキレイなステンドグラスが壁いっぱいにあって。 ちょうど目の前にあるステンドグラスには、天使が描かれている。 「キレイでしょう、ポチ」 「――――――あぁ」 ステンドグラスの素晴らしさに、信之助は心を奪われていた。

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