11 / 87

現の夢

 自分の命を懸けて、善人の夢の中にいる悪の根源を鞭打つ。それは、想像以上に大仕事だった。  現実世界で高橋が行っていたのは、ベッドの上にいる動かない相手に鞭を打っていた。しかし夢の中にいる目標物は大抵動き回った。何とか狙いを定めても、そこに上手く鞭を打つことができなかったのである。  困ったのはそれだけじゃない。高橋が致命傷を与えるまで、悪の根源は無限に動き続けることができるシロモノだった。  ただ救いなのは、夢を見ている本人はもちろんのこと、倒す相手も高橋の姿が見えないため、攻撃を難なくかわせた。 「くそっ! 俺は鞭を使うよりも、縛るほうが得意なんだよ!!」  大声で文句を叫んでも、当然まったく反応されない。  悪夢の中を透明人間の姿で活躍する、夢の番人。無事に仕事を終えても感謝されることなく、気がつけばひょいと夢から放り出される。命を危険に晒しているというのにだ。  ひと仕事をなんとか終えて、悪夢を見ていた女の部屋の隅にしゃがみ込み、休憩させてもらった。 (数をこなしていくうちに疲労感が増してるし、躰がだんだん重たくなってきた。活動限界が、そろそろ近いのかもしれない)  自分のように従事している夢の番人に鉢合わせすることなく、なおかつ夢喰いバクにも遭遇せずに、ここで仕事をはじめた丸一日半の半分くらいは、わりとスムーズに仕事をこなしていた。  目を閉じて、悪夢の位置を確認する。ここから2軒隣辺りから、若い女の怒鳴り声が聞こえてきた。  体力的にも近場で済ませられる上に、悪夢の根源が女なら簡単に倒せるだろうと考え、重い躰を引きずるように浮遊して移動する。 (なんだ、一軒家かと思ったらマンションかよ――)  さっきから聞こえてくる女の怒鳴り声の他にも、あちこちから悪夢による声が、それなりに聞こえた。 「数をこなしていくのが、手っ取り早く元に戻る方法だったか……」  善人の多さと悪夢の多さにげんなりしつつ、目標にした場所に飛んでいった。マンション5階のベランダから失礼する。

ともだちにシェアしよう!