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理想と現実の狭間で2

(のん気にこうやって、世間話をしている場合じゃない。一刻も早く自分の体に戻らないと、牧野に消される可能性がある。急がなければ――)  気持ちは急くのに、穏やかな時間を過ごしている現状を維持しようとしているのか、体がいうことをきかなかった。 『こうして誰かと通勤したことがないので、何だか新鮮な感じです。今日一日頑張れそうです!』  微笑みながらスマホを差し出す敦士に導かれるままに、通りに面する大きな建物の中に足を踏み入れた。エレベーターに乗り込み5階まで昇ると、一番奥の突き当りにある薄暗いところに向かった。 「まるでこのまま、物置小屋に連れ込まれるみたいだな」 「ハハッ……。僕を含めてここにいる人たちは、実際のところ会社のお荷物なので、そういうことになるでしょうね」  誰もいないこともあり、敦士が声に出して伝える。  おどけるその様子に、番人が眉根を寄せたのを見て、敦士は顔を背けるなり扉を開け放った。 「おはようございます……」  先ほどまでとは違う、覇気のない挨拶をしたあと、すぐそばにあったデスクに駆け寄る。椅子に座りパソコンの電源を入れる姿を、怪訝な顔色を維持して後方から眺めた。  敦士に『会社のお荷物』と称された人数は、全部で6名いた。それぞれが生気のない魂が抜けたような表情のまま、デスクで仕事をしていたのだが――。 (アイツ、スマホの画面を見てニヤニヤしてるなんて、どう見てもおかしいだろ……)  窓際にいる、6名の中で一番年配と思しき男のもとへ近づいてみた。スマホで何を見ているのか確認したところ、マンガを読んでいた。 「始業時間はとっくにはじまっているのに、この男は何をしてるんだ?」  男に指を差しながら、敦士に訊ねた。すると困惑を表すような弱り切った顔で、力なく首を横に振る。

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