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理想と現実の狭間で4
「やっ、あのすみません。何でもないです!」
周囲から降り注ぐ、怪訝な視線でテンパった敦士を宥めようと、右手を伸ばしかけて止めた。
夢の中で何気なくおこなっていることができない事情に、視線を伏せながら右手に拳を作りやり過ごす。
トントン!
何か硬いものを叩く音で、反射的に顔を上げてみたら、パソコンの画面に指を差した敦士と目が合った。
『番人さま、このファイルには、明後日が期日の社内コンテストの企画書が綴じられています』
「社内コンテスト?」
ファイルを開けと命令したのに、敦士はそれをせず、困惑の色を滲ませたままキーボードで言いたいことを打ち込む。
『地場産を取り入れた、化粧品のPRをしようっていうものなんです。社員のモチベーションアップを狙って毎年おこなわれているコンテストで、いつもチャレンジしているのですが、なかなか上手くいきません』
コンテストの企画に手をつけたものの、自信がなくて見せられないことを、敦士の様子と文面から悟った。
「はっ! 会社側としては、そういうコンテストの機会を演出したり環境を整えて、働くにはいいところだとアピールしたいだけだろ。役に立たない社員を、見えない場所に追いやっているくせにな」
胸の前に腕を組みながら、語気を強めて言い放ってしまった。
高橋として働いていた会社でも、似たような企画をしていたことを思い出し、上層部の内部事情を知っている関係で思わず吐露した。
『それでも僕のような出来の悪い社員が、夢を見られるんです。もしかしたら企画が上の目に留まって、採用されるんじゃないかって』
ポチポチ打ち込まれる文字を、黙って見つめる。やるせなさを含んだ眼差しの敦士の姿に、あることが思いついた。
「その夢が叶うかどうか分らんが、とりあえずその青いファイルを見せろ」
「番人さま……」
か細い声で名前を告げたので、多分周りには聞こえなかったのだろう。さっきのように視線を送られることはなかった。
静まり返った部署の中、よろよろした感じでキーボードに手を伸ばし、『見せられません』と打ち込んで俯く敦士に、キッと睨みをきかせた。
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