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理想と現実の狭間で5

「俺だって忙しいんだ。言われたことをしろ!」  行動させるべく怒鳴りつけてみたら、怯えるように躰を小さくさせつつ青いファイルをデスクの中央に置き、見えるように開いてくれた。 「さて、どんなものか――」  プリントされた企画書に、素早く目を通していく。「次!」とセリフを発したら、震える指先がページをめくっていった。 「……怖がらせて悪いな」  怯えさせてしまったことを謝罪すると、敦士はキーボードで何かを打ち込む。その音が途絶えてから、視線を目の前に移した。 『怖くはなかったです。むしろ恥ずかしくて。仕事のできない自分を表すような企画書を、番人さまに見せたくなかっただけなんです。すみません』  無機質な画面に表示されている文章を読み終えて、思わず唇に笑みを浮かべてしまった。誰だってはじめて提出する企画書は、勇気がいるものだ。 「次のページをめくってくれないか。少なくともお前の企画書の考え方は、そんなに悪くない。引き込まれるものがある」  敦士の顔を見ながら告げてやったら、小さな瞳をこれでもかと大きく見開き、口をぱくぱくさせる。 「言いたいことがあるなら、パソコンに打ち込んでくれ。それじゃあ伝わらないぞ」  威圧的な言葉じゃなく、優しげな言葉で促すと、先ほどよりも活気のある雰囲気でキーボードを操る。 『番人さまの目から見て悪くないということは、このままでいけるということでしょうか?』  敦士としては、告げられた言葉が嬉しかったのだろう。  番人は、喜びに満ちた感情のままに打ち込まれた文章を読み終えてから、静かに首を横に振った。 「引き込まれるものはあるが、フラットといったところだ。これというインパクトが、絶対的に足りない。それを付け加えないと、この企画書は通らないだろう」  すると、みるみるうちに表情が暗く陰り、うな垂れるように顔を俯かせる。 「敦士、このまま何もせずに諦めるのか? 毎年チャレンジしているんだろう?」 「…………」 「俺はこのあと仕事に出る。その間にこのファイルを見直せ。ヒントは、審査員になったつもりで、これを読むことだ。昼頃一度ここに戻る。詳しい話はそれからしてやろう」  言い終えるなり頭を上げて、悪夢を見ている人間の気配を辿ってみた。オフィス街のここでは、残念ながら悪夢を見ている者が皆無だったので、遠出して探さないといけないらしい。  気落ちした敦士をそのままに、夢の番人としての仕事を果たすべく、大きな窓をすり抜けて飛び立ったのだった。

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