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理想と現実の狭間で8
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気がついたら、ドラマに出てきそうな崖っぷちに立っていた。前髪を乱す感じで吹き上げる冷たい風に躰を縮こませながら、崖の下に何があるのかを確認してみる。
「……何も見えない」
突風に近い風が吹いているというのに、崖の真ん中あたりに鬱蒼とした濃い霧が漂っていた。
そんな奇異な景色に眉根を寄せた瞬間、何かで背中を強く押された。
「わっ!!」
咄嗟に両腕を振り回したら、運よく崖の淵に手をかけることに成功した。足先を使って崖壁を引っかけてみると、ちょっとだけかけられそうな足場を見つけることができた。そこにつま先を引っかけながら踵を伸ばし、腕にうんと力を込めて、立っていた場所を目指そうと顔を上げてみる。
「ば、んにんさま?」
両腕を組んで自分を見下ろす、番人の顔はぱっと見、美術館に置いてる彫刻像みたいだった。
「思いきり力を入れて押したというのに、結構しぶといな」
マネキンのように整った面持ちなので、もともと冷たい感じを宿してはいたが、敦士と肌を重ね、会話が増えていってからは表情にあたたかみがあるのを、垣間見ることができていた。
しかし今、自分を見下ろす番人は、はじめて逢ったときよりも、冷淡という言葉が似合う顔つきにしか見えなかった。
冷ややかな眼差しに射抜かれて、声が出てこない。ショックなのはそれだけじゃなく、告げられたセリフが信じたくない内容で、他に誰かいないか思わず探してしまった。
「本当に馬鹿な男だな、敦士。ここには俺とお前しかいない、夢の中の世界だ」
言いながら番人の足が容赦なく、崖を掴んでいる敦士の指先を踏みつけた。
「痛っ……」
踏まれている指よりも、引き裂かれるような痛みが心の中に走った。
「俺の手をこうして煩わせる、無能なお前を見てるだけで、反吐が出そうになる。早く落ちてしまえ」
「うっ……」
「そんな言葉ひとつに絶望して、簡単に落ちるなよ。お前は無能じゃない。やればできるんだからな」
聞き覚えのある声が、敦士の心を自動的に奮わせた。それは踏みつける番人の足の力を跳ね返しそうなほど、手の中にある力が漲る何かに変換された瞬間だった。
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