33 / 87

理想と現実の狭間で9

「なんだとっ!?」  踏みつける足の力を跳ね返す、敦士の底力に驚く番人の声が、辺りに虚しく響いた。それをかき消す、もうひとつの声が聞こえてくる。 「こうして悪夢の中で、自分と対峙するとは思わなかった。それだけリアルで、敦士に負荷をかけてしまったということか」  耳に聞き覚えのある、空気を引き裂く音がした。その音と指先にかかっていた圧が消え去ったことで、番人が腰につけた縄を使い、自分を落とした番人を滅したことを知る。 「番人さま!」 「俺は手を貸さない。自分で這い上がってこい」  崖にぶら下がっている敦士の位置からは姿の見えない番人が、無理難題なことを要求してきた。 「そ、んな――」 「お前は、気づいていないだけだ。自分の中に眠る力を。その力を信じて、ここまで来い! お前なら必ずできる、絶対だ!!」 「番人さま!!」 「いい加減に登ってこい」  どんなに大きな声で叫んでも、崖の上にいる番人は姿を見せない。 「番人さま!! 番人さま!」 「…………」  何度呼びかけても、応答すらしてくれなくなった。もしかしたら呆れ果てて、すでにいなくなった可能性だってある。  本当は番人に、手を差し伸べてほしかった。そして今まで触れられなかった躰をぎゅっと抱きしめて、あたたかさを確かめたいと強く思った。 「番人さま、絶対にここから這い上がってみせます。見ていてください」  崖上からの反応は相変わらずなかったが、衝動的ともいえる熱い想いが敦士を突き動かした。  まずは片足を使って、よじ登れそうな足場を探す。見つけ次第そこにつま先をひっかけながら、両腕に力を入れた。 「よいしょっ!」  普段から力仕事をしないせいで、反動をつけてもうまく登れない。 (腕の力がなくなる前に、とにかく片腕だけでもよじ登らなければ!) 「せ~のっ!」  何度目かのトライで、右半身を何とか崖の上に乗せることに成功した。別な足場を探して踵を伸ばし、息も絶え絶えの状態で元居た場所にたどり着く。  両手両膝を地面についたまま呼吸を整えていたら、視界の中に見慣れたグレーの布地が目についた。 「よく頑張ったな。偉かった」  優しくかけられた言葉に導かれるように立ち上がり、目の前にある番人の躰に抱きついてしまった。

ともだちにシェアしよう!