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理想と現実の狭間で9
「なんだとっ!?」
踏みつける足の力を跳ね返す、敦士の底力に驚く番人の声が、辺りに虚しく響いた。それをかき消す、もうひとつの声が聞こえてくる。
「こうして悪夢の中で、自分と対峙するとは思わなかった。それだけリアルで、敦士に負荷をかけてしまったということか」
耳に聞き覚えのある、空気を引き裂く音がした。その音と指先にかかっていた圧が消え去ったことで、番人が腰につけた縄を使い、自分を落とした番人を滅したことを知る。
「番人さま!」
「俺は手を貸さない。自分で這い上がってこい」
崖にぶら下がっている敦士の位置からは姿の見えない番人が、無理難題なことを要求してきた。
「そ、んな――」
「お前は、気づいていないだけだ。自分の中に眠る力を。その力を信じて、ここまで来い! お前なら必ずできる、絶対だ!!」
「番人さま!!」
「いい加減に登ってこい」
どんなに大きな声で叫んでも、崖の上にいる番人は姿を見せない。
「番人さま!! 番人さま!」
「…………」
何度呼びかけても、応答すらしてくれなくなった。もしかしたら呆れ果てて、すでにいなくなった可能性だってある。
本当は番人に、手を差し伸べてほしかった。そして今まで触れられなかった躰をぎゅっと抱きしめて、あたたかさを確かめたいと強く思った。
「番人さま、絶対にここから這い上がってみせます。見ていてください」
崖上からの反応は相変わらずなかったが、衝動的ともいえる熱い想いが敦士を突き動かした。
まずは片足を使って、よじ登れそうな足場を探す。見つけ次第そこにつま先をひっかけながら、両腕に力を入れた。
「よいしょっ!」
普段から力仕事をしないせいで、反動をつけてもうまく登れない。
(腕の力がなくなる前に、とにかく片腕だけでもよじ登らなければ!)
「せ~のっ!」
何度目かのトライで、右半身を何とか崖の上に乗せることに成功した。別な足場を探して踵を伸ばし、息も絶え絶えの状態で元居た場所にたどり着く。
両手両膝を地面についたまま呼吸を整えていたら、視界の中に見慣れたグレーの布地が目についた。
「よく頑張ったな。偉かった」
優しくかけられた言葉に導かれるように立ち上がり、目の前にある番人の躰に抱きついてしまった。
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