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理想と現実の狭間で11

「男の味を知って、欲情にまかせた言葉か」 「違います。そんなものじゃない!」 (鬱蒼と漂う霧が、番人さまの心も一緒に覆い隠すように感じてしまうのは、どこかつらそうな顔をしているせいなのかな) 「それとも、創造主の手で作られたこの見た目を、お前は好きになったんじゃないのか?」 「確かに惹かれました。中性的でとても綺麗なお姿ですので」  敦士の中にある、素直な気持ちを告げた途端に、首をもたげた番人の瞼が伏せられる。 「だけどその見た目よりもお人柄に、僕の心が惹かれました」  一旦区切った言葉のあとに告げられたセリフを聞くなり、番人の瞼が大きく見開き、ゆっくりと顔を上げた。  信じられないものを見る視線を受けながら、敦士はハッキリと口を開く。 「職場でやる気を失った僕を、番人さまは叱ったり宥めすかしたりしながら、自信を与えてくださいました。お蔭で、どんなことでもやってのける、勇気を持つことができたんです。さっきだってそう。自力で崖を登ってこれたのも、貴方の励ましがあったからです」 「…………」 「僕は番人さまが好きです! 包み込むようなあたたかさをもった、貴方が大好きです」  敦士の視線の先にいる番人の表情は、みるみるうちに悲しげなものに変わった。 「分からない。俺はどうすればいいんだ」  いつも耳にする、自信に満ち溢れたものとは違い、その声は震えて違う人のものに思えるくらいだった。 「番人さま?」 「今までそんなふうに、好意をぶつけられたことはなかった。むしろ、嫌悪する気持ちをぶつけられることのほうが多くてな。だからお前の気持ちに、どうやって応えたらいいのか分からない」  自身に起こる混乱に、躰を打ち震わせる番人を、敦士はさらに力を入れて抱きしめた。 「番人さまから見て、僕は少しでも魅力的な男に映るでしょうか?」 「……そうだな。頼りないところはあるが、それを補おうと一生懸命に頑張っているところが、そうなのかもしれない」  腕の中で告げられた声はくぐもって聞こえてきたが、ちょっとだけ笑った感じも伝わってきた。 「そのお言葉だけで、僕は十分でございます。番人さま……」  敦士は抱きしめていた片手を、番人の顎にに添える。そのまま唇を開かせ、覆いかぶさるように口づけた。

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