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光10

「嘘はいつかはバレる。そういうものだと知っているから、あえて告げた。それに最初に言ったろ。お前には嘘をつきたくないって」 「でも!」 「創造主が与えた躰で受けた行為。しかも相手には、俺の姿が見えていない。それでもお前は、俺と付き合うことができないんだな?」  言いながら男性は距離をぐっと詰めて、胸元にある敦士の手を取った。握りしめられる自分よりも華奢な手から、男性のぬくもりが伝わってきた。  振り解きたいのにそれができない理由は、男性の手が自分よりも冷たい体温だったから。むしろ空いてる手を添えて、あたためてあげたい衝動に駆られる。 「敦士……」  自分には記憶がないのに、意志の強そうな男性の瞳にじっと見つめられるだけで、すべてが根こそぎ引き寄せられる気分になる。  敦士は見えない不安を振っ切ろうと、手を引き剥がして放り投げた。自動的に戻ってきた手をそのままに、男性は息を飲んで目を見張る。 「ごめんなさい! やっぱり僕は、貴方を信用できません」  すべてをさらけ出して誠意を見せている男性に向かって、敦士は心にもないことを口走った。 「今までだらしなく生きてきたツケが、こういう形で返ってくるなんて、本当に後悔してもしきれない」  沈痛な言葉が、男性の気持ちを表していた。 「あ……」 「別れることが、どこかで分かっていた。それでも諦めきれなくて、こうして逢いに来たんだが――」  男性は敦士に投げられた手を反対の手で撫で擦り、しょんぼりと肩を落として、頭を深く下げたのちに踵を返しながら呟く。 「……出逢ったことも何もかも全部、夢だったら良かったのに」  靴音に混じった男性の小さな囁きは、敦士の耳にしっかり届いていた。 「夢……。これは夢じゃなく現実なのに、そんなの」  無理な話だと続けた敦士のセリフは男性に届かず、目に映る後ろ姿はどんどん小さくなった。  ビルの隙間から西日が一筋だけ差して、暖かな光が男性をほのかに明るく照らす。  頭に浮かんでいた青白くて淡い光じゃなく、赤みのある光が照らしているお蔭で、敦士の双眼に男性の存在がはっきりと映った。

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