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番外編:貴方に逢えたから10
***
ご飯を食べ終え、自ら後片付けを申し出た。健吾さんに美味しい夕飯を作ってもらった恩返しをすべく、豆を挽いてコーヒーを落とす。
湯気の立つマグカップを手に、キッチンからリビングに戻ると、おいでおいでと手招きされたので、壁に寄りかかっている健吾さんの横に座り込んだ。
そっとマグカップを手渡して、芳醇な香りを楽しみながら、コーヒーに口をつける。同じタイミングでコーヒーを飲んだ健吾さんの口角が、嬉しそうに上がった。
「美味い。俺好みの味だ」
「本当ですか?」
「ああ。お前と一緒にいると、こんなに美味いコーヒーが、いつでも飲めるんだな」
マグカップのコーヒーに視線を落とす、健吾さんの穏やかな横顔を眺めているだけで、幸せをひしひしと感じた。
「はるくんとはネットで知り合った。当時彼は大学生で、遊び慣れていた俺からしたら、初心な彼を騙すなんて、造作のないことだった。ホテルに連れ込んで、無理やり行為に及んだんだ」
唐突にはじまった過去の話。健吾さんが持つマグカップが少しだけ揺れて、コーヒーの水面に映っている顔が歪んだものになった。
さきほどまで穏やかな表情だったのに、まぶたを大きく伏せただけで、がらりと面持ちが変わり、彼の中にある不安を映しているみたいに見えた。
あまりにつらそうな横顔に、質問が頭の中を右から左へと流れていく。今は黙って、彼の言葉に耳を傾けた。
「行為を終えたあとに、スマホですぐさま彼の裸の写真を撮った。大学の友人にゲイだと知られたくなければ、俺の言うことを聞けって脅した」
「…………」
「そんな歪んだ関係を、数か月続けた。気に入ったコを、飽きるまで抱いて捨てる。そんな醜いことを俺はしてきた。そんな男と、お前は付き合ってるんだぞ」
(僕を一切見ないのは、どんな顔で見られているのか怖くて、見ることができないんだろうな。人の心を手玉に取っていた人だからこそ、機微に聡いから――)
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