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第3話
母が人に見せちゃいけないって強く言っていた。
ただの持病の薬なのになんで見せちゃいけないんだ?
譲が俺の肩を掴んで、無理に笑うのをただただ見ているだけだった。
「蒼は、Ωじゃないよな?」
その言葉が引き金になり、俺は譲の手から薬入れを奪いトイレから出た。
トイレの床に落としてしまった、汚いから洗わなきゃ…もうトイレは嫌だ…何処か、誰もいない場所…
俺は近くにあった扉から校舎を出て裏庭にやってきた。
壁に貼ってあった校舎案内地図には裏庭に出る場所が書いてあって、グラウンドも近くにあり水飲み場があると思った。
俺の考えた通り水飲み場があり、そこで容器を水につける。
安物の薬入れだからか隙間から水が流れていき中の薬をゆっくり溶かしていく。
あ、なくなっちゃった…ヤバイな…母に新しい薬…貰わなきゃ…
俺は水を止めてズボンのポケットに入れていたスマホを取り出す。
すると画面のお知らせには今朝交換したばかりの譲の着信を知らせていた。
俺は電話しても何を言ったら分からなくなるから見なかった事にして実家に電話をした。
数コール耳に響いた後、のんびりした母の声が聞こえた。
『蒼、どうかしたの?もう学校は終わり?』
「…母さん、俺ってαだよな」
俺がそう告げると電話越しでも母の空気が張り詰めたと感じた。
普通ならここで「当たり前じゃない、何言ってるの?」と母が笑い話のように愉快そうに口にする筈だ。
でも、母の沈黙はそれを否定していた…嘘でも笑い話にしてくれたら安心出来たのに…
いや、嘘を付かれて真実を隠される方が嫌だな……無言とは、つまりそういう事なんだ。
なんで、可笑しい、だって俺の家は代々αの家系で母さんも父さんもαで…
俺が今まで信じていたなにが嘘だったんだ?…震える唇を引き締める。
母は電話の向こうから慌てた様子で声を荒げた。
『蒼!なにかあったの!?』
「俺って母さんと父さんの子だよな」
『当たり前じゃない』
「じゃあなんでαの子供がΩなんだよ!」
俺は感情的になってしまい、その場にしゃがみ込んだ。
昼の時間だが皆室内で食べているのか外には誰もいなくてよかった。
俺のこのもやもやした気持ち、抑えられそうにない。
生まれる筈のないΩの子供、俺はいったいなんだ?何者なんだ?
確かに顔も成績も運動神経も何一つαらしくはなかったけど、まさかそれがΩだからだなんて…
俺の今までの人生、いったいなんだったんだ?なんで俺がαだと嘘を付いたんだ?
『ごめんなさい、母さん…実はΩなの』
「……え?」
『母さんがαだと分かればなにがあっても自分がαだと思い込むでしょ?』
「……なんで、そこまで」
『貴方は10万人以上のΩから選ばれたΩなの』
電話の向こうで母の泣く声が聞こえて胸が締め付けられた。
え……なにそれ、何の話?意味が分からない、俺にもわかるように説明してよ。
10万人以上って、俺の秘密ってそんな大きな話なの?
俺がΩなのがそんなに大事 になっているなんて思わず、自然と頬に汗が伝う。
そして母は重たい口を開き静かに話してくれた。
俺が何故αだと母が俺に言ったのか、10万人とはなんなのか。
『Ωが差別されている社会だって事は知っているわよね』
「…うん、まぁ…毎日テレビでやってるし」
『そしてΩは希少の存在とされている、αは社会的地位が高い存在だけどΩがαを求めてヒートするようにαもまたΩを求めているの』
「え…でもαはヒートしないよな?」
『そうじゃないのよ、まだ蒼には分からないと思うけど運命の番ってそういうものなのよ』
どういうものなのか運命の番に会っていない俺にはまだ難しい。
αはずっとΩを差別しているものだと思っていたが心ではΩを求めていたのか。
でも、自分のΩが良ければそれでいいって本当にそんな自分勝手でいいのか?
綺麗事を言うつもりはないけど、αという未知なる存在が分からなくなっていた。
俺はΩだから一生理解が出来ないのかもしれない。
理解が追い付いていないが、全て話さなくてはいけないと思っているだろう母は言葉を続けた。
『でもΩの数はαより半分も下なのよ』
「半分のαが運命の番がいなくなるのか」
『そう、勿論α同士やβと結婚するαはいるけど心と本能は別なのよ…心では愛していても本能はΩを求めている』
何だかαもエリートで社会的地位が高くて幸せの毎日…というわけではないのか。
もしかしてあのΩが襲われる事件もヒートだけではなく本能がそうさせていたのかもしれない。
それでもダメなものはダメだから同情は出来ない。
それに俺はもうαではなくΩの立場になったんだ。
もう俺には関係ない話なんて思えなくなった、容姿とかを無視してもしかしたら襲われるかもしれないのだから…
俺は…どうなるんだろうか、毎日恐怖で怯えていなくてはいけないのか?
「母さん、αの本能と俺がαになったのになにか関係があるの?」
『…えぇ、蒼は政府の実験台になったのよ』
「は?政府!?いくらなんでも話が大きすぎないか!?」
『検査を受けたその日に選ばれた事を政府から聞いたのよ、最初母さんも信じられなかったわ……この話は蒼がΩ以上に話してはいけない内容なのよ』
「…それで、その話って」
勿体ぶらずに話してほしい、手汗も掻き出してしまい心臓の鼓動が早くなる。
母は俺にこう話した、俺は政府の実験に使われたと…
あまりにも現実離れな話でしばらく理解できなかった。
俺のような何処にでも居そうな男を実験?何のだ?
政府はΩを使って何をしようとしているんだ?ニュースではやっていないから極秘で…
ごくっと生唾を飲み込み、母の次の言葉を待つ…その時間がとても長く感じた。
『今までは一人だけだと言われていたけどΩは何人と番になれるのか、その実験よ』
「な、んだそれ…だからΩをαの学校に通わせるのか?」
『えぇ、でも昔は今よりΩ差別が激しくてなかなかそんな実験が行えなかった、Ωが虐められαを恐れてしまったから…そして蒼が生まれたその日に、混同だった学校が性別に別れてしまい本格的に実験は困難になった、だからΩを一人αの学校に通わせ実験を行う事にした…でも表だってΩを通わせたなんて知られたらまずいからαとして通わせたのよ…蒼の前に何人かいたみたいだったけど様々な理由で失敗していたみたいなの、だから蒼に白羽の矢が刺さったのよ』
それが……俺が今までαとして生きてきた理由なのか?
政府の実験に利用されただけの人生だったのか?
ショックが大きすぎて上手く言葉に出来なかった。
母は俺がΩだと知っているのは政府と両親と学園の理事長だけだと言う。
両親に罪はない、母は『今さらで言い訳にしか聞こえないけど私達も蒼を危険な目に会わせたくなくて必死に抵抗したけど、話を聞いた以上協力しないなら蒼になにか危害を加えられると言われて…本当にごめんなさい』と脅されているようだった。
それでも俺への愛情は本物だと分かるから俺は責めない。
俺だって家族を人質に取られたら安全な方を選ぶだろう。
そう、無事に済む方法がたった一つだけあるんだ。
『学校は私達が決めていいっていう理由だったから寮だけは安全で同室者がいない場所がいいと思って、学費なんかは政府が出してくれるみたいだから気にしないでね』
「…そっか、それを聞いて安心した」
全く安心していないが母を心配掛けないようにそう言う。
幸い情報漏れを恐れて例外なく周りは俺がΩだと知らない。
だから中学では普通にαとして過ごし卒業出来た。
政府の考えでは俺のヒートを期待しているのだろう。
薬が効かなくなるほど強いヒートを起こせば俺が一発でΩだとバレる。
それからは分からないけど、無事では済まないだろう。
俺は毎日薬を飲み続けたおかげでヒートを起こした事がない。
なら、俺がαのフリをし続けていれば卒業出来る筈だ。
大学は行かず就職すれば政府はもう俺達には用無しだろう。
外に出てしまえば学校という監視下から出る事になる。
何処に就職するかも、長くいるか分からない職場まで政府は追いかけないと思う。
それよりも新しい実験体を見つけて調べた方がいいと俺は思う。
Ωを何だと思っているんだ、こんな事しないで自由に番になった方がいいのに…
いろいろ言いたいが一一般人が政府に意見なんて出来ない。
きっと政府は結果が出るまでこの実験を続けるのだろう。
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