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第4話

「母さん、俺の他に今実験している子いるの?」 『今は蒼だけよ、何人も同時に実験してしまうと情報管理が難しいみたいで…政府もいろいろと忙しいみたいで』 「…俺は別に番を作らなくてもいいんだよな」 『結果は求められていないわ、だから母さんは蒼を巻き込んでしまった罪滅ぼしで蒼には安全に過ごしてほしくて』 「だから俺がΩだって言わなかったの?」 『元々αだと思えば蒼も周りも気付かないでしょ?蒼は隠し事下手だから』 確かに嘘を付くのは得意ではない、よく目が泳ぐと言われている。 だからΩだと知った今、上手く隠せるか不安だ。 でも隠さなきゃ、Ωだとバレた後が怖くて想像したくない。 遅すぎたんだ、気付くのが…入学する前から知っていればもっとなにか出来たかもしれない。 思えば病気になった時も母は医者と話していて俺は待っていたり軽い検査を受けただけだった。 そりゃあ保険証は俺がΩだと書いてあるし医者も分かっているだろう。 何も気にしなかった俺はバカだなと苦笑いする。 母は俺がこんな電話をしてくるから『誰かにバレたの?』と聞いてきたから、しばらく沈黙してから「薬を見て気付いた」と言った。 良かった、今顔を見られていたらきっと目が泳いでいただろう。 譲の事は言えなかった、余計な心配を掛けたくない。 まだバレたのは譲だけだ、どうにか誤魔化せばいい。 母に薬がなくなった事を伝えたら、母が送ってくれると言った。 速達で送るけど明日ヒートになる危険があるから外出はしないようにときつく言われた。 明日は学校休んだ方がいいな、授業中にヒートなんて起こしたら大変だ。 「…政府は俺がΩだってバレたら実験にはいいだろうけど、他のαが実験に気付いたらマズいんじゃないか?」 『実験結果さえ手に入れて…その時は、学校と私達のせいにするかもね』 「…………マジか」 一番Ωを軽視しているのは………いや、やめとこう。 とりあえず俺のαのふりの生活は今始まったというわけか、今まではふりじゃなかったし… 母との通話を切り、水を出して引き締めるために顔を洗う。 冷たい水が疲れた緊張をほぐしてくれるような気がした。 ポタポタと髪から雫が一滴一滴溢れ落ちる、少しだけ落ち着いた。 濡れた薬入れを持ち歩き出そうとすると水飲み場の上になにかがあるのに気付いた。 太陽に反射してキラキラと光るそれを摘まんで目の前に持ってくる。 小さな十字架が揺れている、銀色のシンプルなネックレスだ。 誰かの忘れ物だろうか、置いといた方がいいだろう…誰かがまた来るかもしれない。 「……あ」 「…っ!?」 人の声が聞こえて驚いて手をびくつかせて心臓がうるさいほど跳ねる。 あの話の後だ、αには会いたくなかった…この学園にいるかぎり不可能だが…気持ちを整理してからでいいじゃないか。 今すぐ逃げたくて走る体勢になったが、すぐに肩を掴まれ逃げられなかった。 これは振り返らなくてはいけないよな、先輩だったら無視出来ないし… αは性別の中で一番上下社会だと言うし、俺も今はまだαだしふりをするなら俺も上下社会に習わなくては… 知る前なら普通に話していたんだろうな、知れて良かったけど…αだったアホな自分が懐かしい。 しかも今αにうなじを見せている状況だ、怖すぎる…早く振り返らなきゃ… 「…待て、泥棒」 「どっ、泥棒!?」 全く見に覚えがなく思いがけない言葉に勢いよく振り返った。 そして目を見開き驚いた、俺の視界に写ったのは真っ白な雪だった。 銀髪にキラキラと輝く短髪に切れ長の瞳の色は青い。 第一印象は冷たい雰囲気のその人はそこにいた。 人というより神が産み出した子だと言われれば納得してしまうその人間離れした容姿に目が逸らせなかった。 その時、昔のぼやけた記憶が鮮明になっていく。 小学生の頃憧れたα…あんな人になりたい…そう思っていた。 きっとあの時の美しい少年が大きくなったらこんな感じなんだろうなとボーッと考えていた。 心臓がうるさい…でもヒートはしていない、薬を飲んだばかりだからかまだ大丈夫。 「…これ」 「え…あ」 綺麗な傷一つない真っ白な指が近付いてきてビックリして後退る。 怯えたような顔をする俺を見て眉を寄せるその人。 金属が軽く擦れる音が耳に聞こえた、これは何の音だ? ボーッとしながら手元を見るとさっき見ていたネックレスがあった。 戻そうと思ってそのまま持っていた事を思い出す。 もしかして彼が言っている泥棒って、これの事? 「ちっ、違います!たまたまそこにあって!」 「そう…じゃあ返して」 誤解されたら嫌だから必死に水飲み場を指差す。 その人は理由に興味はないのか軽く返事をして手を差し出す。 俺は手を伸ばして彼にネックレスが返すとあまり表情は変わらないが満足そうだと感じた。 そして俺に興味をなくしつ俺に背を向けてしまった。 少し寂しく感じたが何故そんな悲しく感じるのかは分からなかった。 何もなくなった手を握り、その人を眺めていた。 「(えつ)、見つかったぞ」 「おっ?マジ?サンキュー!」 少し離れたところから別の人の声が聞こえてもう一人いた事に今気付いた。 駆け足でこちらに近付きネックレスを受け取る。 嬉しそうに笑うもう一人の人と彼を交互に見る。 友人なのだろうか、面白いくらい全く正反対だなと眺める。 銀髪の人はクールな感じで誰も近寄らせない冷たい雰囲気があったが、もう一人の人は明るく話しやすそうな雰囲気だ。 茶髪で髪の横にヘアピンを付けていて、銀髪の人と負けず劣らずの美形だけどちょっと軽そうな感じがする。 制服もぴっちり着る銀髪の人とは違い緩く着崩しているのも原因だろう。 しかし二人が並ぶと絵画のようでとても様になっていた。 茶髪の人はネックレスを首に掛け直して行こうと思って一歩踏み出したところで俺の存在に気付いた顔をしていた。 「あれ?君誰?(ひびき)の知り合い?」 「……違う、泥棒?」 「違います違います!ネックレスを拾っただけですから!」 また泥棒だと言われてしまい必死に首を横に振った。 茶髪の人は自分から聞いたのに興味なさそうに「へぇ…ありがとね!」とお礼を言った。 ニッと眩しい笑顔で微笑まれてちょっとドキッとした。 ……ちょっと、ちょっとだけだ…今まで見たαの中で二人は別格のかっこよさだと思った。 二人はもうこの場所に用がないから行こうと歩き出した。 俺も昼飯食べてないし、まだ食堂って空いてるのかなと思いながら歩こうと一歩踏み出した。 すると美形二人を前にした緊張が解けたのと朝食の事を思い出し、何も食べていなくて空腹で足がもつれた。 体勢を立て直す事も出来ずとっさに目の前にあったものを掴んだ。 「わっ!」 「……?」 カタンと音がして、俺の身体は地面に倒れる事はなかった。 銀髪の人の背中にぶつかったと気付きすぐに離れて謝る。 思いっきり服を掴んでしまったがシワになってないだろうか。 でも確認とはいえべたべた触るわけにもいかないよな……どうしよう。

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