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第9話

「じゃあ荷物整理したら探検行こうぜ!」 「分かった」 譲は子供に戻ったように無邪気に笑った。 俺もいろいろ見て回るのは嫌いじゃない。 エレベーターもあったが何だかこの時間は少し混んでて人混みが苦手な俺達はちょっと疲れるけど階段を目指して歩いた。 部屋の前に到着して鍵穴にもたつき、慣れなくてちょっと手間取ったが何とか入れてドアを開ける。 電気をつけると真っ暗だった部屋の中を明るく照らした。 寝室とリビングは分かれていてまずはリビングに向かった。 カウンターキッチンに大きな冷蔵庫、ソファー、テーブル、テレビなどすぐに生活出来そうなほど備え付け家具が揃っていた。 洗面所と風呂場も覗くとゆったりとくつろげるほど広かった。 さて、このくらいにして寝室にあるであろう荷物を片付けよう。 実家から必要なものだけ荷物に詰めて量は少ないからすぐに終わるだろう。 寝室に行くと片手で数えられるくらいしかないダンボールが重ねられて置いてあった。 その一つを持ち床に置いて荷造りした時にガムテープが簡単に剥がせるように先の部分の端を三角に折っていた。 それを摘み、反対方向に引っ張るとビリビリと大きな音を立ててガムテープが剥がれていく。 ガムテープを丸めて後でまとめて他のガムテープと一緒に捨てるために横に置き、中身を開いた。 そして俺は少しの間固まった。 正直なところ俺は荷造りが苦手で着る服の荷造りしかしていなくて後は母任せだった。 服とか歯ブラシとかそんなもんだけかと思っていたが、思えばこんなにダンボールがあるのは変だ。 でも今その正体が分かりなんとも言えない顔になった。 ダンボールの中に無理矢理入れられ、窮屈そうな顔でこちらを見るものをダンボールから取り出した。 手に柔らかい感触が気持ちいい…丸みのある耳に触れる。 「…くまのぬいぐるみって、母さん…俺いくつだと思ってんの?」 呆れを通り越して無意味な笑いが出てくる。 確かに小学生の時までぬいぐるみが好きで集めていたのは事実だ。 見た目というより触った時の感触が好きだった。 …しかし中学に上がった時は周りには大人びたαばかりで自分も大人にならなくてはと部屋の押入れの奥に置いた筈だ。 もしかしてわざわざ押入れから出したのか?と思ったがどうやら新品みたいで埃一つない。 良かれと思って送ってきた母が目に浮かぶ。 捨てるわけにもいかないし、送るのも母が可哀想だから仕方なくベッドの脇に置いておく。 この部屋は押入れはなくクローゼットがあるだけだ。 クローゼットに巨大なぬいぐるみを置くと今後使わなくなった季節の布団とかをしまえなくなるから仕方ない。 誰かを寝室に呼ぶつもりはないから平気だろう。 譲を部屋に招いても寝室は見せなきゃいい。 くまのぬいぐるみ一つで一気にファンシーな部屋になったな。 そして荷造りを終え、ダンボールを潰してクローゼットの中に入れようとしたところで自室のチャイムが鳴った。 俺の部屋に来るのは譲だけだろう。 ダンボールを入れてクローゼットを閉める。 急ぎ足で玄関に向かいドアを開けると譲が手を上げて挨拶してきた。 「探検行こうぜ!」 俺はまだ制服だったので一度部屋に引っ込んでTシャツにジーパン姿になり財布と鍵をポケットに押し込み部屋を出た。 譲は説明会の時に配られた寮の見取り図を見つめながら歩き出す。 寮は五階建てで、二階が三年、三階が二年、四階が一年のフロアになっている。 だから探検するなら部屋がない一階と五階だろう。 俺達ら四階にいるからまずは五階から行った方がいいだろう。 譲は五階にある施設を見て目を輝かせた。 「すげー!室内プールだって!行こうぜ!」 「…俺はいいよ」 「えー、なんでー」 不満そうに頬を膨らませる譲に苦笑いする。 Ωだからという理由はない、ヒートの心配はあるがあまりこそこそしていたら怪しまれるしな。 …そうじゃない、そうじゃないんだ譲分かってくれ。 俺は…重度のかなづちなんだ。 水を顔に浸すのすら無理、洗顔とはわけが違う…溺れる恐怖を思い出し身震いする。 それを説明すると譲は「俺が教えてやるよ!」とやる気に満ちた顔をしていた。 悪いけど俺がずっと克服出来ない原因を作った小学生の頃の体育の先生のプールの時間であまり思い出したくない恐怖のスパルタ授業を受け見事に教えられるのも怖くなった。 ただ入るだけならいいが、それだと風呂と変わらないからやっぱりプールはいいかな。 「行きたいなら譲行ってこいよ、俺待ってるから」 「…つまんないからいいや」 そう言って譲はまた地図を開いた。 五階の半分はプールみたいで凄い金掛けてるなぁと思って、プールの横にトレーニングジムがあるようだ。 譲はこれなら?と目を輝かせて俺を見てくる。 俺が頷くと早く行こうと言わんばかりに先頭を歩く。 Ωの男は女と同じ、もしくはそれ以下の力しかない。 もしもの事を考えてちょっと鍛えた方がいいような気がした。 階段を上がると上級生達が多くいた。 ジムとプールの他にコンビニとか温室があった。 これは一日で全て回れそうにないな。

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