7 / 69

第7話

「〜〜〜から、ここでの主人公の心情は……」 前で喋っている先生の声が、やけにくぐもって聞こえる。 視力は悪くはいはずなのに、今日はなんだかぼんやりとしか見えない。 暑くてしょうがない。 いつもとは、違う意味で息がくるしい。 ここまでくると、さすがにわかる。 ………もしかししなくても、僕は風邪を引いてしまったみたいで。 まぁ、真冬に水のシャワーを長時間浴びたらそうなるよね… ゆううつだけど、今はもう4時間目。 これさえ終われば、昼休みなわけで。 ……はやく、おわって…… 祈るような気持ちで、ひたすらにノートを眺めていると、 キーーーンコーーーーンカーーーンコーーーーン。 待ち望んでいたチャイムが鳴った。 そして訪れる、いつもの喧騒。 だけどそのざわめきは、いつもの何倍も頭に響いた。 ……はやく、屋上に行こう。 それと。 ………ノート、届けよう… 鞄から、一冊のノートを取り出して、立ち上がる。 くらり、と大きく視界がぐらついて倒れそうになったけど、机に手をついてどうにか耐える。 はやくはやく。 いつもより、重い足。 いつもよりもさらに浮き足立つこころ。 相反する2つを抱えて歩き出した。 ふらふらと、少しずつ階段を登っていく。 ただでさえ長い階段は、今日はもっともっと長く感じる。 「ハァ、ハァ……」 まるで全力疾走した後みたいな、荒い息が口からこぼれる。 くるしい。 だけど、あとちょっと。 そしてようやく、目の前には『数学準備室』の看板。 ………ついた。 『すみません』と、声をかけることはできないから、 やっぱり、コン、コンと扉をノックする。 引き戸をノックするって、なんだか変な感じ。 今更だけどね。 ……先生、いるかな? 昼休みは始まったばかりだし、もしかしたら、職員室とかにいるのかもしれない。 なかなか来ない返事にそわそわする。 ーーやっぱりいないのかな…? だけど、 ガラッ 目の前の扉は開いて。 あの、落ち着く香り。 「おっ、やっぱ綺羅か。」 そして、冴木先生は、そう言って笑った。 右手に持っていたノートを、差し出す。 すると先生は、目を見開いてから、甘く笑った。 ……ドクン。 なんだか、心臓がひときわ強く脈打った気がした。 「ありがとう」 …どうして、先生がお礼を言うの。 お礼を言うべきなのは、きっと僕のほうで。 だから、反射的に。 先生の手を引っ張って、手のひらに指で書いた。 『ありがとう』 それをみて、先生はまた目を見開く。 「お前は、俺と話すの嫌じゃねぇか?」 少し不安そうにこっちをみてくる先生。 とんでもない、とぶんぶん首を横に振った。 …くらり。 また揺れる視界。 どうにか目をギュッと閉じることで耐える。 「……じゃあさ、綺羅。俺と、昼休みの間、このノート使って話さねぇ?」 なんだか、そう言う先生の声は、少し嬉しそう。 その声を聞くと、僕もなんだか嬉しくなった。 どうしてだろ。 屋上で歌を歌える時間は、僕の唯一の"すくい"で。 先生の誘いにのってしまえば、そのすくいの時間は、なくなるのに。 これがなかったら息ができないって、ずっとそう思っていたはずなのに。 ーーーー先生の誘いに、迷いなく頷いた、自分がいた。

ともだちにシェアしよう!