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第10話
ーーーーふわり、ふわり。
あ、まただ。って、そう思った。
頭をふわふわ撫でられているのがわかって。
前と違うのは、僕がこれが夢じゃ無いってわかってるってことくらい。
ぱちり、と眼を開けると、案の定すぐ側に先生が腰掛けていた。
「……おはよう。体調はどうだ?気持ち悪くないか?」
熱があるのに気を使っているのか、殊更に柔らかい声で尋ねられた。
ぼやぼやして、なんだか身体の感覚は遠いけれど、気持ち悪くは無いのでこくり、とうなずく。
「熱が高いから、お前の保護者を呼ぼうとしたんだが、携帯が通じなくてな…。お前、家の電話番号わかるか?」
……そもそも家に電話がない、ので首を振る。
すると。
「そうか…、じゃあ、俺が家まで送ってく。ちょっと抱き上げるぞ」
そう言うが早いか、側にある僕の鞄を肩にかけると、僕をかるがると抱き上げた。
…お姫様抱っこで。
「……!?」
送る?
先生が?
というか、おひめさまだっこ……!?
急展開に眼を瞬かせているうちに、先生は歩きだしていた。
焦って、先生の胸をぱしぱし叩いた。
こっちを向いたのを確認して、首をぶんぶん振る、
僕、別に1人で帰れる…!
と、そう伝えたかったのだけど。
くらり。
首を振り過ぎたらしい。
首がぐらついて、先生の胸にトン、と凭れかかるかたちになってしまった。
…………くらくらする。
「おい、いいから大人しくしとけ。暴れんな。どうせ今、手離してもお前歩けねぇよ」
…。それはそうかもしれない。
でも、あの何もない部屋に先生を呼ぶのは、良くないことな気がした。
実際、僕はオトコノヒト以外の人が家に入ってきたのを、見たことがない。
だから、あまり動けないなりに小さな抵抗を続けていたのだけれど。
「あぁ、俺に家まで送らせてくれたら、あのノートの最後の質問について話せるぞ?」
その言葉に、ピタリと動きを止めてしまう。
意識を失う直前に書いてしまった質問。
書くつもりがなかったとはいえ、気になるのは確かで。
「…………。」
あの答えがもらえるなら、まぁいいかな…。
そう思って、抵抗をやめ、先生に体を委ねた。
「……ふっ、よろしい。そのままいい子にしてろよ。」
それを感知したのか、先生は甘く笑い、頭をひと撫でして、歩き出す。
「……………!」
至近距離で見たその表情に、なんだか恥ずかしくなって。
くっついている頭をそのままうりうりと先生の胸に押し付ける。
頭上でクスクスと笑う気配がした、気がした。
ーーーーーー
「ついたぞ」
その声に、ハッと意識が浮上する。
目を開けると、目の前には家のドア。
僕、ねてた…?いつのまに……?
「鍵、鞄の中か?」
こくり、とうなずく。
差し出された鞄から鍵を取り出し、鍵穴に刺す。
カチャリ、と鍵が開く感覚に、胸をなでおろした。
…よかった。オトコノヒトは帰ってきてないみたい。
「じゃあ、お邪魔するぞ」
その言葉に躊躇いながらも頷けば、先生は僕を抱きかかえたまま、中に入っていく。
………ぼくのいえに、先生がいる。
なんだか変な感じだ。
先生は電気のスイッチを数度押してから、訝しげな顔をした。
「おい、綺羅。」
「………?」
「電気、いつもつかねぇのか…?」
その言葉に、ふるふると首をふる。
いつもつかない訳じゃない。
ここ数日の話だ。
…不思議。やっぱり、先生がやってもつかないんだね。
先生は少し考えるような顔をしていたが、結局暗いままなかに入ることにしたようだ。
そのまま進んで、僕をベッドに寝かせようとするので、慌てて首をふる。
ぐらり、と視界がぶれて気持ち悪いけれど、我慢する。
だって、ここは、オトコノヒトのベッドだ。
今日も、帰ってこないかもしれないけど、帰ってきて見つかったら、たいへん。
反対側の、畳の部屋を指差す。
畳の上には、布団が一枚落ちている。
…あっちが、僕の寝る場所。
「……綺羅、お前、まさかあの布団一枚だけで寝てるのか?」
一枚だけって、なんだろう?
布団は一枚なものじゃないの?
「……?」
「敷き布団は?」
しきぶとん…?
意味がわからなくて、首を傾げると、先生の目が鋭くなった気がした。
思わずビクリ、と震える。
……僕、何か怒らせちゃった……?
体がかってにガタガタと震えだした。
「まて、俺が悪かった。別に、綺羅に怒ったわけじゃねぇよ」
それを見た先生は慌てて僕を抱え直してその場に座ると、僕の背中を撫でた。
ゆっくり、ゆっくり上下する背中の腕に、とてつもない安心感を覚える。
「ごめんな、怖かったな」
よしよし、と背中を優しく撫でる腕に、ポロリと涙が溢れた。
……あれ、なんでだろ。
泣くつもりなんてなかったのにな。
もっと怖かったこと、いっぱいあるのに。
「………ッ、……グスッ」
涙を止めようとすればするほど、次から次に溢れてきて、止まらない。
先生に抱っこされながらなくとか、恥ずかしすぎる。
それに、涙で前髪がぐちゃぐちゃで気持ち悪いし、最悪だ。
すると、タイミングを計ったように、先生は僕の前髪をかきあげた。
お昼ぶりに、視線が合う。
前髪越しじゃない先生の目は、特別綺麗で、思わず見惚れそうになるけれど、自分の目も丸見えだということを思い出して、血の気が引いた。
また、目を見られた……!
慌てて目を隠そうとするのに、その手は先生の手で阻まれる。
「昼見たし、今更だろ。隠すなよ。それに、こんな綺麗な目を隠すなんて、もったいねぇ」
綺麗……?この目が?
"マチガイ"なのに?
びっくりしすぎて、どうしていいのかわからない。
そんなこと、はじめて言われた。
「宝石みたいな翠色だな。綺麗だよ、綺羅」
だからもっと見せろよ、っていわれて、顔に血がのぼるのがわかる。
ただでさえ、熱で顔あついのに。
これ以上あつくなったら、燃えちゃいそう。
「それからさ、『どうして、先生は、ぼくがしゃべっても壊れないの』だったか?」
核心をつく質問に、緊張感で体が強張る。
……なんていわれるんだろ。
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