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第13話
「………なんてな。わるい、困らせるつもりはねぇんだ。俺が言ったこと、気にすんな。
……とりあえず水とってくるから、待ってろ」
そういうと、先生は僕から手を離して、台所に行ってしまった。
………さむい、なぁ。
先生と離れたことで流れ込む空気がすごくすごく冷たくて。
お水なんていらないから、先生の近くにいたいなぁ。
…なんて、そんなのワガママだよね。
寒さを埋めるように、意識を晒すように。
膝を抱えて座り込んで、考える。
……それにしても、さっきの、"困らせる"ってなんだろう。
先生の言葉は、僕を喜ばせこそするものの、困らせたりなんてするはずがない。
だって、先生の言葉は、僕の声を求めてくれるものだったのに。
それに、たしかに嬉しいと、そう思ったのに。
やっぱり、勘違いされちゃったのかな。
僕は、喋りたくないわけじゃない。
………喋れない、のに。
そっと、喉に触れてみる。
腫れてもいないし、怪我もない、ふつうの喉。
………僕、今までどうやって声出してたんだろう。
人に向かって喋ろうとしたのなんて、何年振りかわからないけど。
無意識に喋ってしまったことは何回もあったはずなのに。
「……綺羅」
ふと顔をあげると、先生が立っていた。
でも、その表情はなんだか、かたい。
……どうしたんだろ。
「………お前、ご飯とか、飲み物どうしてる」
…あ、なるほど。
冷蔵庫見られちゃったのかな?
昨日でお弁当が全部無くなってしまったから、今、冷蔵庫は空っぽだ。
文字通り、本当にすっからかん。
でも、飲み物って、どういうこと?
そう言われれば確かに、お水を取りに行った先生は、その手になにも持っていなかった。
……水道のお水じゃダメなのかな?
不思議に思って、台所まで歩いていく。
そして、レバーを上げてお水をだす。
………………あれ?
確かに上がっているはずの、レバー。
けれど、お水は一滴も落ちてこない。
呆然とシンクを見つめるけれど、なにも変わらない。
……どうして、お水、でないの?
あれ?
でんき、おゆ、たべもの、おみず。
いつのまにか、全部、ない。
…………あぁ、そうか。
なんで今の今まで気付かなかったんだろ。
ふらり、とよろめいた体を、先生はしっかりうけとめてくれた。
後ろを振り返ると、やはり強張ったまんまの、先生の表情。
「………綺羅、お前、まさか…」
そう問いかける声も、こころなしか強張っている。
そうだよね、こんな様子見たら、分かっちゃうよね。
まぁ、僕に"両親"なんてもともといないけれど。
そうだよ。
先生の想像、きっとあってるよ。
ーーーーー僕、とうとう捨てられちゃったみたい。
はは。
口から乾いた笑いが溢れた。
それを見た先生は、また、自分も苦しいみたいな顔をする。
……そんな顔させて、ごめんね。
でも、もう僕は笑う以外に、どうしていいのかわかんないよ。
ーーーー憎まれて、叩かれて、蹴られて。
いなくなればいいって、生まれてこなければいいって、そう言われた。
でも、僕は今、生きている。
それはもちろん、オトコノヒトに、生かされていたから。
それで、じゃあ、その人がいなくなったら、どうなるんだろ。
それって、つまりさ、つまり、
僕は、本当に"死ね"って、言われたってことだよね?
ーーーー死ねって思うなら、本当にいらないなら。
僕のこと、産まなきゃよかったのに。
なんで、僕を産んだの。
なんのために、僕は、産まれたの。
どこまでも暗い考えにおちいりそうになったとき、ふわりと優しい花の香りに包まれた。
力強い腕が僕の背中に回って、なだめるように背中をやさしく撫でていく。
「……熱、あがってんな」
ひたいに張り付く前髪を、再び後ろに撫で付けられた。
そのまま、僕の頭を先生の胸に押し付ける。
そう言われると、とたんに体のだるさが蘇ってきて、そっと先生の胸に体重を預けた。
………そういえば、熱、あったんだっけ。
すっかり忘れてしまっていた。
「…………………。」
舞い降りる、沈黙。
僕の耳に届くのは、先生の鼓動の音と、息遣いだけ。
とく、とく、と一定のリズムを刻む、先生の鼓動の音をきいていると、なんだかすごく安心できる。
そして、たっぷり沈黙したあと、先生は言った。
「………おし、綺羅。お前、俺の家に来い」
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