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第15話
……そうして今ここに至る、わけなのだけれど。
くるりと一周、自分が寝ていた部屋の中を見わたしてみる。
ーーーー机の上にある、教科書。
かけられている制服。
近くにおいてある、通学カバン。
見慣れない景色のなかにある、見慣れたそれらは、全部僕のもの。
僕のものが、そうあることが自然みたいに、先生の家の中にある。
……それは、僕がここにいていいんだって、僕のことを肯定してくれているみたいで。
自然と緩む頬をおさえることができない。
「おーい、綺羅、おきろよー……って、もう起きてんのか」
先生の声に、乱れていた前髪をかき集めて、とっさに顔を隠す。
……あぶない。
ひとりでニマニマしてるのバレちゃうところだった。
どうにかだらしない顔を隠せたことに、一安心。
だけど。
「………まだ、顔見られんの嫌なのかよ」
そんな声がすぐそばで聞こえて。
そのまま、ぐいっと前髪をあげられる。
あ。
そう思う間にも視界はクリアに。
つまり、僕のニヤケ面が先生の視界に…!
びっくりしたような先生の顔。
「……!!!お前、わらって……!」
けど、僕はそれどころじゃない。
あんなだらしない顔を見られたことが恥ずかしくて、両手で顔をおおって、首をぶんぶん振る。
………恥ずかしいよぅ。
顔も、耳も、全部あつい。
……これ、絶対耳まであかいやつだよね…。
先生、これ今どう思ってるんだろ……。
顔を覆う手の指の隙間から、ちらりと先生を見てみる。
………あれ?
先生も、なんだか顔が赤い………?
「……………?」
不思議に思って、首を傾げる。
すると、先生は腕で口元を覆って、一言。
「反則だろ………。お前、笑顔かわいすぎ」
…………?
反則?なにが?
というか、あれ?
…………カワイイ?
「…………ッ」
ボンッ。
そんな音が、聞こえた気がする。
ほんとうに、今までの比にならないくらい、顔があつい。
可愛いって、男としては褒められてるか微妙なのかもしれないけど。
……だめだ。
……うれしい………。
先生に言われたっていう、ただそれだけで、心臓が走った直後みたいにギュンギュンする。
なんだか、とてつもなく恥ずかしくて。
先生も、僕も、赤面したまま見つめ合う。
………シュールだ…。
なんともいえない気まずい空気が流れる。
けれど、その空気を断ち切るように、頭上で、パチンと音がした。
「…………?」
すると、先生の手が離れても、前髪が落ちてこない。
「……おし。やっぱ綺羅、お前、その目隠すの勿体ねぇよ。今日からそうやって生活しろ」
そうしてはじめて、自分の前髪がピン留めで止められていることに気が付いた。
クリアな視界。
それは、とっても過ごしやすいんだろうけど。
ーーーー『その目で、俺を見るな!!!!!』
胸をよぎる、一抹の不安。
だけど、それを打ち消すように、先生の力強い声が響く。
「余計なこと、考えんな。」
……先生の声は、不思議と僕の中に染み渡っていく。
「綺羅が、自分の意思で、やりたくて、顔を隠してるならとめはしねぇけど。もし誰かに何かを言われて隠してるなら、絶対にもったいねぇ」
……じぶんの、いし。
考えたこともなかった。
ーーーー見られちゃだめ、じゃなくて、僕がどう思うか。
「綺羅がもし少しでも、俺を信じてくれるなら、1日でいい。学校にそのまま行ってみてくれ。絶対皆俺と同じこと、言うぞ」
そんなの、僕にはちっとも想像できない。
だけど。
………やってみよう。
って、そう思えたから。
躊躇いながらもゆっくりと頷く。
すると、先生は蕩けそうなくらいに甘くわらってくれて。
「ふ……。そうか、よかった。
……まぁ、外に出るのは、今日はまだ熱下がりきってないから、体調回復してからにはなるけどな。」
その言葉にハッと時計を見ると、時刻は午前11時。
………?!!?!?
学校、始まってる………!?
「……プッ、そんな慌てなくても、今日は土曜だ」
先生の、その言葉に肩をなでおろした。
……よかったぁ。
って、そこでハッと気付く。
………あれ、先生、僕の考えてること、なんでわかったの………?
「お前、前髪ないと、意外と表情豊かなのな。わかりやすい」
そう言って、先生の手が優しく髪をすいていく。
……気持ちいい。
思わずうっとりしてしまう。
気を抜けば自分から擦り寄りそうになるのを、必死に抑えていたのに。
「はは、気持ち良さそうだな」
「!??!」
表情だけで、そんなことまでバレてしまうらしい。
「なるほどな、これは便利だ。この土日、いやっつーほど可愛がってやるから、覚悟しとけよ?」
そう言う先生の顔は、相変わらず綺麗で、かっこよくて。
だけど、そう思っていることも、今となってはバレてしまうかもしれないわけで。
なにこれ、恥ずかしい………!
………でも、なんだか、"会話"してるみたい。
ぽかぽかする胸に手を当てて、こっそり微笑んだ。
ーーーーそして宣言通り、僕は2日間、先生にたっぷり可愛がられたのだった。
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