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第16話

ーーー甘やかされた、土日も終わって。 今日は、とうとう月曜日。 僕は、先生にもらったピンで前髪を留めて、玄関の前に立っている。 「おい、綺羅。本当に大丈夫なのか? 今日一日くらい、まだ休んどいたらいいんじゃねぇの?」 先生の心配そうな声に、けれど、ふるふると首を振る。 もう、熱も下がったし、大丈夫。 「……本当に、車、乗ってかねぇの?」 今度はコクリと頷く。 ……いくら事情があるとは言え、生徒と先生が同じ車で登校とか、何事ってなるでしょ。 「……学校までの道、大丈夫なんだな?」 ……先生って、もしかして、過保護? 僕は別に方向音痴じゃないし、大丈夫なのになぁ。 このままだと、このやり取りがいつまでも続きそうだから、名残惜しいけど、先生に背を向けて、扉を開ける。 ちらっと後ろを振り返ると、先生が本当に心配そうな目でこっちを見ていた。 ……なんだか、小さい子どもにでもなったような気分。 それでも、なんだか嫌な気はしなくて、むしろ心がぽかぽかする。 心配そうな先生に、バイバイって、手を振って、今度こそ扉の外に出ようとすると。 「いってらっしゃい、綺羅。気をつけてな」 その声に、思わず振り返る。 ……ずっと、僕からは遠かった、その言葉。 優しい先生の表情に、目頭がじんとあつくなる。 "いってきます" まだ、音にはならないそれを、口の動きだけで伝える。 そしたら、先生はやっぱり甘く笑ってくれて。 胸のところが、ほんわりと暖かくなって、くすぐったい。 ーーー慣れない視界で、慣れない気持ちを抱えて、歩き出す。 たった数日のことなのに、嘘みたいに変わった環境。 ーーー前から冷たい風が吹き付けてくるけれど、それを遮る前髪はもうなくて。 風は冷たいはずのに、なんだかとってもぽかぽかして。 先生が用意してくれた、"お弁当"が入った鞄は、いつもより重いはずなのに、足取りはとっても軽い。 あんなにも息苦しかったはずの日常が、急に、僕に優しくなったみたい。 ーーーーーそうはいっても。 「…………。」 やっぱり、緊張はするわけで。 緊張に冷え切った手を、ぎゅっとにぎる。 ………学校までの道は、人気も少なくて、どうにか耐えられたけれど。 ざわざわ。 扉の向こう側からきこえる、いつも通りの喧騒。 そこに、クリアな視界で挑むことは、僕にはまだ、すこしむずかしい。 バク、バク。 ドク、ドク。 嫌に早鐘を打つ心臓をかかえて、 冷や汗をかきながら、教室のドアに手をかけたままかたまっていると。 「どうしたの?入らないの?」 ポンッ、と肩に手をかけられた。 「!?!!?」 びっくりして振り返る。 すると、視界には見覚えのある、顔。 彼は、たしか。 『あれ、綺羅、またどっかいっちゃうの?俺たちとご飯食べよーよ!』 ………いつも、声をかけ続けてくれてた、あの人だ。 見つめ合う瞳は、穏やかで優しそうな色をしている。 優しい人の目は、やっぱり優しいんだなぁ、なんてぼんやり考えていると、 「えっ……?も、もしかして、綺羅………?」 彼はそういって、ぱちくりと目を瞬かせた。 その質問に、コクリと頷く。 それはそうだ。 ……急にどうしたんだろ? ……あ。 そういえば、僕、前髪…………? 「………!」 見られ、た。 冷や汗が背中を伝って、足が地面に縫い付けられてるみたいに感じる。 もう一歩もここから、動ける気がしない。 けれど、 「やば………、綺羅、めちゃくちゃ綺麗じゃん」 そう呟いた彼は、僕の腕を掴んで。 「ねーーーー!!!皆、ちょっと聞いて!!!!やばい!!!!!綺羅が!!!!美人すぎるんだけど!!!!!!」 ーーーーー僕をみんなの前に、連れ出した。

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