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第17話

…………え? いま、何が起こってるの……? 僕の手を、彼が握ってて。 あんなにもざわめいていた教室は、いつになく静まり返っていて。 ………僕は、教壇の前に立っている。 状況の変化に、頭がついていかない。 どうしていいのかわからなくて、きょろきょろ教室を見渡すと。 ひと。 ひと。 ひと。 当然、たくさんの人がいるわけで。 それで、 みんなが、 こっちを ……みている? ーーーーーヒュッ。 喉の奥で、そんな音がした。きがする。 ……見られている。 そう実感してしまうと、心臓がばくばくして、息がくるしい。 ぎゅっと目を瞑って、うつむいた。 ………こわい。 こわいよ。 『その目でこっちを見るな!!!!!』 くるしい。 逃げてしまいたい。 後ろに、後ずさりそうになる、あし。 ーーーーでも。 『綺麗だよ、綺羅』 脳裏をよぎる、先生の優しい声に。 ぐっと、足を踏ん張った。 ーーー『その声で、俺の名前呼んでくれよ』 ぼくは、あの時先生の名前を呼べなかった。 …それに、まだ、呼べない。 ……だからこそ、こんどは逃げたくない。 信じる、って決めたんだから。 溢れそうになる涙をぐっとこらえて、もう一度だけって、顔を上げた。 すると、今度は、僕以外の誰かが、息を呑む気配がして。 「…………きれい」 そんな、嘘みたいな言葉が、教室に響いた。 信じられなくて、そっちを見ると、その女の子は、パッと口を押さえてしまう。 だけど、それを皮切りに。 「やっば……。本当に、綺羅?」 「めちゃくちゃ綺麗じゃない?」 「やっべ、俺なんかドキドキしてきたわ。」 「おい、お前ホモかよwwwまぁでも、わからんではないけどな」 「目の色、すごい綺麗……」 ざわめきだす教室。 ……誰も、怒らなくて。 誰も、僕を叩いたりなんてしなくて。 「な!すごいだろ?俺もさっき、びっくりした。 綺羅に、こんな隠しだねがあったとは…!早く見せてくれたらよかったのに!」 むしろ笑いかけてくれて。 「おい、黒崎! お前はグイグイグイグイ、やめろっつってんだろ。 …ごめんな、こいつうるせぇだろ。 ……でも、前髪ない方がいいじゃん、やっぱそっちのほうが、話しかけやすいよ」 話しかけてくれて。 「ほんとそれ!話してみたかったけど、話しかけていいのかわかんなかったからさ〜」 「私も〜!」 「俺も」 みんなが笑いあっている光景に、じんわりと目が熱くなる。 ……………壊れていない、"ふつう"が、すぐ目の前に広がっている。 ーーーー"ふつう"のなかに、僕が、まざっている。 やっぱり、むねが、くるしい。 ……でも、それはさっきまでの、嫌なくるしさじゃない。 『絶対皆俺と同じこと、言うぞ』 ………本当だね、先生。 「えっ、ていうか、マジで俺綺羅と話してみたいんだけど」 「は?ちょっと、抜け駆けとかなしでしょ。そんなの私だってそうよ」 「まーまー、落ち着けって。なぁ、綺羅。もし、綺羅さえよければ、皆で一回喋ってみない?」 また、僕を教室の中に引っ張ってくれた、………くろさき、くん?に話しかけられる。 みんなで、しゃべる。 そんなの、したことがなくて、 ……でも、してみたい。 だけど僕は、喋るための"声"が、なくて。 ーーーーどうしよう。 そこで、視界の端にうつったのは、黒板と、チョーク。 『なぁ、綺羅。俺と、交換ノートしようぜ。』 ーーーーそこからは、自然と手が動いた。 カツ、カツ。 僕が黒板に文字を書く音が響く。 [僕は今、声が出なくて、だから、めんどくさいかもしれないけど、] 書きながらも、心臓がバクバクして。 汗で、チョークだって、落としてしまいそう。 それでも、先生がくれたチャンスだから。 [もし、それでもよかったら、] ーーー無駄に、したくない。 [僕も、お話してみたい。いいかなぁ?] 不安で、怖くて、それでもどうにか後ろを振り返ると。 皆はびっくりしたような顔をしてから、 「あたりまえ!」 ーーーー優しく、笑ってくれた。 ………泣いてしまいそうだ。 「じゃあさ〜、なんかノート用意する?」 「え、ノートとかちっさくね?黒板でよくない?」 「いやむしろ、ホワイトボード借りてこよーぜ」 ずっとずっと、感じが悪かったはずなのに。 こんなの、想像もしてなかった。 胸が、すごくポカポカして。 視界がじんわり滲んでいく。 ーーーーそれなのに。 『綺羅』 朝別れたばっかりなのに、無性に先生に会いたい、あの声で呼ばれたい。 そう思ってしまうのは、なんでなんだろう。 "綺麗だ"っていわれたのだって。 すっごくすっごく嬉しかったのに。 ………先生に言われた時が、1番うれしかった、のは。 どうして、なのかな。 ーーーー先生の、甘くて優しい笑顔を思い出す。 きゅうって、なんだか心臓が痛くなった気がして。 「…………?」 ぎゅっと、制服の胸元をにぎった。

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