18 / 69
第18話
4時間目、昼休みも目前の授業中。
………つ、つかれた。
押し寄せる疲労感で、机にぺたりと顔を伏せた。
ーーーあれから。
「ホワイトボード、借りられた!!」
「まじかよ!すげぇな!」
……くろさきくんが、本当にホワイトボードをかりてきてくれて。
「どうせだから、皆でホワイトボードに書こうぜ!喋るのは禁止な!」
なんて、これまたくろさきくんの言葉で、沈黙の中でクラス全員がホワイトボードに一心不乱に書き込んでいく、というカオスができあがってしまった。
朝休みの残りからはじまり、短い休憩時間もホワイトボードで繰り広げられる会話。
趣味は?
習い事してる?
特技は?
好きな食べ物は?
そんな、他愛もない、"ふつう"の会話。
……だけど、そこに僕も混ざっている、というだけで、それは僕にとっては"ふつう"じゃない。
ちら、と伏せていた顔を上げて、くろさきくんの方を見ると。
授業中なはずなのに、ばっちり目があった。
「!」
びっくりして目を瞬かせる僕とは対照的に、ニッコリと優しげにわらう、くろさきくん。
………さわやか、だなぁ。
今まで、"話しかけてくるひと"っていう認識しかなかったけれど、ほんの数時間で、嫌という程にわかったことがあって。
それは、彼は、クラスの中心だっていうこと。
威圧的じゃないのに、クラスの出来事は彼を中心にまわってるのが、よくわかる。
だから、なおさらわからない。
……なんで、くろさきくんは僕に構ってくれるんだろ?
そんな疑問をかき消すように、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
それと同時に、みんなの視線が、いっせいにこっちをむく。
ーーーーみんなの目が、僕を、見ている。
その事実に、反射的にビクリと肩が震えた。
いきが、つまる。
……大丈夫だって、わかってるのに。
嫌な方向に走りそうな思考を振り払おうと、みんなから、目をそらす。
ちらりと、教室の後ろに置かれたホワイトボードを見遣った。
……昼休みも、もしかして、お話しするのかな?
暖かくて、にぎやかな、"ふつう"。
だけど、慣れないぼくには、それはやっぱりすこし、明るすぎて。
……嬉しいけど、少しだけ疲れたなぁ…。
なんて。
せっかくお話ししてくれてるのに、こんなこと思うのは失礼だよね。
そう、思っていると。
「おい、綺羅。昼休み手伝ってもらいたいことがある。昼飯もってついてこい」
その声に、その言葉に、トクンと心臓が跳ねた。
……心を読んだみたいな、タイミング。
苦しかった呼吸が、嘘みたいに落ち着いていく。
安心して、崩れそうになる表情を引きしめながら、コクリとひとつ、頷いた。
駆け寄りたい衝動をおさえて、先生の方に向けて歩き出す。
いっぽ、
にほ。
先生に近付いていく。
けれど。
「えーーー、冴木センセ、俺らの綺羅とらないでよ〜!まだ喋り足りないよ〜」
後ろから響いた、その声の持ち主ーーーくろさきくんは、いとも簡単に僕を引き戻した。
ーーーあ。
先生から、はなれちゃう。
無意識に伸びた手が、空中で、所在なさげに揺れるのを、ぼんやりと見つめた。
ぽすり、と背中に暖かい感触。
「俺さ、今日やっと綺羅と喋れたの。だからさ、もうちょっと喋りたいんだよね、駄目?」
こんな風に、抱きしめられるのは、2回目。
なのに。
「………!」
ぞわぞわと背中に寒気が走る。
ちがう、これじゃない。
いやだ。
理由もわからない嫌悪感がこみ上げてきて、手を振りほどきたい衝動に駆られる。
「俺が代わりに、放課後にでも用事やるからさ〜〜!
……ね?」
どうにか、なけなしの理性でおしとどめるけれど。
離してほしい。
お願いだから、先生から、遠ざけないで。
そう、心が叫んでいる。
「……そうか、黒崎がそんなに綺羅と仲良かったとは、しらなかったな」
その先生の言葉に、軽く絶望する。
…いっちゃうのかな……?
わかってる。それがふつうで。
こんなの、わがままだって。
だって、皆、僕のために喋ってくれていて。
"お話ししたい"っていったのも、僕で。
だから、むしろ、ぼくは"お話しできた"ことに感謝するべきで。
こんなの、まちがってる。
ーーーでも、一度先生について考え始めたら、もうむりだ。
その、優しい声を聞いていたい。
2人だけの空間で、静かに一緒にいたい。
綺麗なあおい目で、僕を見ていてほしい。
……あの、落ち着く腕の中に行きたい。
滲み出した視界を隠すように、俯く。
けれど、俯いても、目元を隠すものはもうなくて。
その開けた視界に、余計に切なくなった。
……だめだ、泣いちゃう。
「でも、悪いな。綺羅にしか頼めない用事なんだ」
……優しい、花の香り。
そして、浮遊感。
「………!?」
気付けばぼくは、先生に担がれていた。
「折角仲良くしてるところ悪いが、昼休みの間、綺羅は借りる」
それじゃ、急ぐからとだけ言い残して、足早に廊下を歩き出す。
え!?!えぇ……?!
予想もしていなかった展開。
急すぎる展開についていけなくて、目が回りそうだ。
………でも、これで、先生といられるんだ。
そう考えると、あたたかい気持ちがこみあげてくる。
とってもうれしくて、安心して、口元がゆるんでしまう。
…のだけれど。
「え!?冴木先生、生徒抱えてる?!」
「どういう状況?!」
「ていうか、あの子だれ?!見たことない…」
「確かに…」
聞こえてきた声に、ぴしりと固まる。
そっか、それはそうなるよね……。
……そう、先生に抱えられたぼくは注目のまとなわけで。
は、恥ずかしい……!!!
ばふっ、と勢いよく先生の肩に顔を埋める。
とたんに強くなる、先生の香り。
その香りで、先生の腕の中にいることを実感して。
……こんな状況なのに、やっぱり、とてつもなく安心してしまうの、不思議だなぁ。
「……悪いな、ちょっとだけ我慢しろ」
そう言われて、頭をポンポンと優しく撫でられて。
コクリと、小さく頷いた。
ともだちにシェアしよう!