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第18話

4時間目、昼休みも目前の授業中。 ………つ、つかれた。 押し寄せる疲労感で、机にぺたりと顔を伏せた。 ーーーあれから。 「ホワイトボード、借りられた!!」 「まじかよ!すげぇな!」 ……くろさきくんが、本当にホワイトボードをかりてきてくれて。 「どうせだから、皆でホワイトボードに書こうぜ!喋るのは禁止な!」 なんて、これまたくろさきくんの言葉で、沈黙の中でクラス全員がホワイトボードに一心不乱に書き込んでいく、というカオスができあがってしまった。 朝休みの残りからはじまり、短い休憩時間もホワイトボードで繰り広げられる会話。 趣味は? 習い事してる? 特技は? 好きな食べ物は? そんな、他愛もない、"ふつう"の会話。 ……だけど、そこに僕も混ざっている、というだけで、それは僕にとっては"ふつう"じゃない。 ちら、と伏せていた顔を上げて、くろさきくんの方を見ると。 授業中なはずなのに、ばっちり目があった。 「!」 びっくりして目を瞬かせる僕とは対照的に、ニッコリと優しげにわらう、くろさきくん。 ………さわやか、だなぁ。 今まで、"話しかけてくるひと"っていう認識しかなかったけれど、ほんの数時間で、嫌という程にわかったことがあって。 それは、彼は、クラスの中心だっていうこと。 威圧的じゃないのに、クラスの出来事は彼を中心にまわってるのが、よくわかる。 だから、なおさらわからない。 ……なんで、くろさきくんは僕に構ってくれるんだろ? そんな疑問をかき消すように、授業終了のチャイムが鳴り響いた。 それと同時に、みんなの視線が、いっせいにこっちをむく。 ーーーーみんなの目が、僕を、見ている。 その事実に、反射的にビクリと肩が震えた。 いきが、つまる。 ……大丈夫だって、わかってるのに。 嫌な方向に走りそうな思考を振り払おうと、みんなから、目をそらす。 ちらりと、教室の後ろに置かれたホワイトボードを見遣った。 ……昼休みも、もしかして、お話しするのかな? 暖かくて、にぎやかな、"ふつう"。 だけど、慣れないぼくには、それはやっぱりすこし、明るすぎて。 ……嬉しいけど、少しだけ疲れたなぁ…。 なんて。 せっかくお話ししてくれてるのに、こんなこと思うのは失礼だよね。 そう、思っていると。 「おい、綺羅。昼休み手伝ってもらいたいことがある。昼飯もってついてこい」 その声に、その言葉に、トクンと心臓が跳ねた。 ……心を読んだみたいな、タイミング。 苦しかった呼吸が、嘘みたいに落ち着いていく。 安心して、崩れそうになる表情を引きしめながら、コクリとひとつ、頷いた。 駆け寄りたい衝動をおさえて、先生の方に向けて歩き出す。 いっぽ、 にほ。 先生に近付いていく。 けれど。 「えーーー、冴木センセ、俺らの綺羅とらないでよ〜!まだ喋り足りないよ〜」 後ろから響いた、その声の持ち主ーーーくろさきくんは、いとも簡単に僕を引き戻した。 ーーーあ。 先生から、はなれちゃう。 無意識に伸びた手が、空中で、所在なさげに揺れるのを、ぼんやりと見つめた。 ぽすり、と背中に暖かい感触。 「俺さ、今日やっと綺羅と喋れたの。だからさ、もうちょっと喋りたいんだよね、駄目?」 こんな風に、抱きしめられるのは、2回目。 なのに。 「………!」 ぞわぞわと背中に寒気が走る。 ちがう、これじゃない。 いやだ。 理由もわからない嫌悪感がこみ上げてきて、手を振りほどきたい衝動に駆られる。 「俺が代わりに、放課後にでも用事やるからさ〜〜! ……ね?」 どうにか、なけなしの理性でおしとどめるけれど。 離してほしい。 お願いだから、先生から、遠ざけないで。 そう、心が叫んでいる。 「……そうか、黒崎がそんなに綺羅と仲良かったとは、しらなかったな」 その先生の言葉に、軽く絶望する。 …いっちゃうのかな……? わかってる。それがふつうで。 こんなの、わがままだって。 だって、皆、僕のために喋ってくれていて。 "お話ししたい"っていったのも、僕で。 だから、むしろ、ぼくは"お話しできた"ことに感謝するべきで。 こんなの、まちがってる。 ーーーでも、一度先生について考え始めたら、もうむりだ。 その、優しい声を聞いていたい。 2人だけの空間で、静かに一緒にいたい。 綺麗なあおい目で、僕を見ていてほしい。 ……あの、落ち着く腕の中に行きたい。 滲み出した視界を隠すように、俯く。 けれど、俯いても、目元を隠すものはもうなくて。 その開けた視界に、余計に切なくなった。 ……だめだ、泣いちゃう。 「でも、悪いな。綺羅にしか頼めない用事なんだ」 ……優しい、花の香り。 そして、浮遊感。 「………!?」 気付けばぼくは、先生に担がれていた。 「折角仲良くしてるところ悪いが、昼休みの間、綺羅は借りる」 それじゃ、急ぐからとだけ言い残して、足早に廊下を歩き出す。 え!?!えぇ……?! 予想もしていなかった展開。 急すぎる展開についていけなくて、目が回りそうだ。 ………でも、これで、先生といられるんだ。 そう考えると、あたたかい気持ちがこみあげてくる。 とってもうれしくて、安心して、口元がゆるんでしまう。 …のだけれど。 「え!?冴木先生、生徒抱えてる?!」 「どういう状況?!」 「ていうか、あの子だれ?!見たことない…」 「確かに…」 聞こえてきた声に、ぴしりと固まる。 そっか、それはそうなるよね……。 ……そう、先生に抱えられたぼくは注目のまとなわけで。 は、恥ずかしい……!!! ばふっ、と勢いよく先生の肩に顔を埋める。 とたんに強くなる、先生の香り。 その香りで、先生の腕の中にいることを実感して。 ……こんな状況なのに、やっぱり、とてつもなく安心してしまうの、不思議だなぁ。 「……悪いな、ちょっとだけ我慢しろ」 そう言われて、頭をポンポンと優しく撫でられて。 コクリと、小さく頷いた。

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