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第23話
(side.黒崎)
ーーーあれから。
「お前、何体育さぼってんだよ!先生めっちゃ怒ってたぜ」
「いや〜ごめん、腹痛がやばくてさ」
「まじかよ、大丈夫か?」
「うーん、無理かも」
「うわっ、うつすなよ」
「もう手遅れかも………」
「おいっ!てか元気じゃねえか!絶対サボりだろ」
そんな風に、いつも通り会話して、笑って。
ーーーーだけど、目が、どうしても、綺羅を見てしまう。
いつも通り、何も変わらない綺羅。
丸まった背中。
表情を覆い隠す前髪。
固く結ばれたままの唇。
どこも、変わらない。
それはそうだ。
だって綺羅は、俺が見ていたことを知らない。
俺が勝手に見て、勝手に動揺しているだけの話。
気まずくて、モヤモヤするこの気持ちをどうしていいのか、わからない。
ただ胸中を満たすのは、"とんでもないこと"を知ってしまった、という思いだけ。
……どうしたら、いいんだろう。
ーーー助けをもとめる?
本人に頼まれたわけでもないのに?
そうはいっても、助けを求められてからでは遅いのでは?
いや、そもそも綺羅が俺に助けなんて、求めるわけがない。
俺のこと、把握してるのかすら怪しいのに。
それに、相談するにって、誰に?
教師?
警察?
そんなことで本当に解決するの?余計に事態がこじれるだけなんじゃ?
そもそも、本当に虐待なのかもわからないのに。
ーーーーーなんて。
フッと、自嘲の笑みが零れた。
あの怪我が、自分で作れるようなものでないことなんて、わかりきったことなのに。
この期に及んで、なんて言い訳がましいんだろう。
俺は結局、自分が逃げられる言い訳を用意しようと必死なんだ。
見て見ぬふりをする自分を、正当化したくて。
そう。
………俺は、きっと何もできない。なにも、しない。
だって、所詮は、興味本位。
そんなに、深く関わる予定も、意思も、覚悟もない。
俺には、荷が重すぎたんだ。
そう、思うのに。
未だに綺羅を捉えて離さない、視線。
ーーーーー俺は、何がしたいんだろう。
わからない。
……あたまが、ぐるぐるする。
「はぁーーー。黒崎、お前、綺羅のこと見すぎ」
「はっ?!あ、あぁ、ごめん」
「いや、どちらかといえば綺羅に謝るべきじゃね?
…しっかしお前、本当に綺羅好きなのな」
「はぁ?」
思ってもみないことば。
「毎日毎日熱心に話しかけてさ。挙げ句の果てには熱視線。熱狂的なファンとしか思えねぇよ」
まぁ、なんか独特の雰囲気あるし、わからんではないけど、そう言って綺羅の方を見遣る。
「…べつに、俺は、綺羅と話してみたいだけなんだけど…」
そう、それだけ。そのはずだ。
「ふぅん……。まぁ、好きにしたらいいけどさ。ほどほどにな」
そういうと、肩にポンと手を置いて、自分の席に帰っていってしまった。
しばらく、呆然と立ち尽くす。
ーーーわからない。
自分が、何をしたいのか。
自分が、何を考えているのか。
何もわからない俺にできたのは。
「なぁ、綺羅〜」
「………」
気まずく、脈打つ心臓を抑えながら"いつもどおり"を貫くことだけ。
俺も、綺羅も。
表面上、なにも変わらない。
俺が話しかけて。
綺羅は喋らない。
俺だけが綺羅を見つめて。
その視線が交わることはない。
そう、変わったのは、おれの気持ちだけ。
それは、夏が終わって、秋が来ても、冬が来ても、変わらなかった。
……だから、きっとこのまま。
一年も終わって、それでも"このまま"が続いていくと思っていたのに。
ーーーー鮮烈な翠。
暴力的なほどに、うつくしい、かお。
……まっすぐな、瞳。
ーーーーーー変化は、唐突に訪れた。
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